大判例

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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)268号 判決 1999年6月24日

千葉県習志野市屋敷4丁目3番1号

原告

セイコー精機株式会社

代表者代表取締役

髙木利吉

訴訟代理人弁護士

安江邦治

弁理士 遠藤善二郎

須磨光夫

愛知県刈谷市昭和町1丁目1番地

被告

株式会社デンソー

代表者代表取締役

石丸典生

訴訟代理人弁護士

鎌田隆

柴由美子

弁理士 碓氷裕彦

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成7年審判第18011号事件について平成8年10月4日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、発明の名称を「回転圧縮機」とし、昭和55年年1月31日に特許出願、平成5年3月25日に設定登録された特許第1746613号の特許発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。原告は、平成7年8月21日に本件発明に係る特許の無効の審判を請求し、特許庁は、同請求を同年審判第18011号事件として審理した上、平成8年10月4日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を同月19日に原告に送達した。

2  特許請求の範囲(別紙図面1参照)

(a)  筒状のハウジングと、

(b)  このハウジング内に回転自在に配設されたロータと、

(c)  このロータの端部に所定の微小間隙を介して配設されたハウジング側板と、

(d)  前記ロータに形成されたベーン溝内に摺動自在に保持された複数のベーンとを備え、

(e)  前記ハウジング、ハウジング側板、ロータ、およびベーンによって形成されるシリンダ室の容積変動によって潤滑油を含む気冷媒の圧縮を行う回転圧縮機において、

(f)  前記ハウジング側板の前記シリンダ室側の面であって少なくとも前記シリンダ室が容積増加する位置における前記ベーン溝底部と対向する部位に背圧空間を設けて、

(g)  この背圧空間内に潤滑油を含む所定圧の流体を保持し、

(h)  この潤滑油を含む所定圧の流体により前記ベーンを前記ベーン溝底部より前記ハウジング側に押圧付勢し、

(i)  かつ前記背圧空間を形成したハウジング側板の外方に高圧気冷媒通路をなす側部ハウジングを配設し、

(j)  更にこの側部ハウジングの前記高圧気冷媒通路と前記背圧空間とを連通する連通手段を設け、

(k)  この連通手段内には、前記側部ハウジング内圧力と前記背圧空間内圧力との差圧が所定圧以下の時連通手段を開き、前記側部ハウンジング内圧力が前記背圧空間内圧力より所定圧以上高い時には連通手段を閉じる弁が配設されていることを特徴とする回転圧縮機。(以下、この分説に従い、本件発明の構成要件を、冒頭のローマ字によって表す(例えば、「(a)筒状のハウジングと、」との構成要件は「(a)項の要件」という。)。)

3  審決の理由

別紙審決書の理由の写のとおりである。

以下、実公昭54-33604号公報(審決の甲第1号証)を引用例1、特開昭51-133811号公報(審決の甲第2号証)を引用例2、英国特許第2006341A号公開公報(審決の甲第3号証の1)を引用例3の1、スエーデン国特許第358215号公開公報(審決の甲第3号証の2)を引用例3の2という。引用例1については別紙図面2、引用例2については別紙図面3、引用例3の1については別紙図面4、引用例3の2については別紙図面5各参照。

4  審決の取消事由

審決の理由Ⅰ、Ⅱは認める。同Ⅲ1は争う。同Ⅲ2(1)のうち、引用例1について、本件発明(f)の項の要件が記載されていないとの認定、引用例2について、本件発明の(g)項、(h)項の要件が記載されていないとの認定及び「高圧圧力区域に解放される」は、「低圧圧力区域に解放される」の誤記とみるのが相当であるとの認定、引用例3の1について、本件発明の(h)項の要件が記載されていないとの認定並びに審決の甲第4号証について、(g)項の「所定圧の気冷媒を保持」するとの認定を争い、その余は認める。同Ⅲ2(2)のうち、引用例1記載の考案の「油溜り室34、35を形成する環状溝32、33」が本件発明の「背圧空間」に相当するとの認定、本件発明と引用例2記載の発明の相違点<1>、<2>の認定、本件発明と引用例3の1記載の発明の相違点<1>、<2>の認定、本件発明と引用例3の2記載の発明の相違点<1>、<2>の認定は争い、その余は争わない(ただし、審決の甲第4ないし甲第7号証記載の発明における「所定圧の流体」が「気冷媒」のみからなり、潤滑油を含まないとの審決の認定は誤っている。)。同Ⅲ2(3)のうち、引用例1について、引用例1と引用例3の1の組み合わせについて、引用例2について、引用例3の1と引用例3の2の組み合わせについての各判断(41頁1行ないし45頁7行)は争う。

審決は、無効理由1及び無効理由2のうちの引用例1記載の考案、引用例2、3の1及び3の2記載の発明から本件発明が容易に推考できたことについて認定判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1

イ 取消事由1(1)(「少なくとも」が不明であること)

(イ) 本件発明の(f)項の要件は、「背圧空間」を他の部位はともかくとしても、最小限「前記シリンダ室が容積増加する位置における前記ベーン溝底部と対向する部位」に設けることをその構成に欠くことのできない事項としているとはいえるとしても、「背圧空間」が「前記ハウジング側板の前記シリンダ室側の面であって少なくとも前記シリンダ室が容積増加する位置における前記ベーン溝底部と対向する部位」すべてをカバーするように設けられることを要件とするものではない。

審決は、「少なくとも」を、「最小限カバーする」という意味に解釈しているが、その根拠を何ら示していない。

(ロ) 本件明細書は、背圧空間7bの形成範囲について、「第1背圧空間7bは吐出口10を通過した後でベーン4がベーン溝底部2aの最も奥まで引き込んだ位置から、シリンダ室R容積が最大となってベーン4がベーン溝2aより最も飛び出す位置までの部位、換言すればシリンダ室Rが容積増加している部位のほぼ全長にわたって形成されており」として、「シリンダ室R容積が最大と」なる位置と、「ベーン4がベーン溝2aより最も飛び出す位置」とは、あたかも同じ位置であるかのように述べている。しかし、本件明細書の実施例の構成によれば、「シリンダ室R容積が最大と」なる位置は、「ベーン4がベーン溝2aより最も飛び出す位置」より、更に45度時計方向に回転した位置であり、両者は全く異なる位置関係にある。したがって、「シリンダ室Rが容積増加している部位」が「シリンダ室R容積が最大と」なる位置までを指すのか、あるいは「ベーン4がベーン溝2aより最も飛び出す位置」を指すのか全く不明となっている。これに加えて、背圧空間7bは、「シリンダ室Rが容積増加している部位のほぼ全長にわたって形成されて」いると記載されているため、具体的にどこからどこまで形成されているものか、ますます分からなくなってしまっている。このように、本件明細書には、背圧空間7bの形成範囲を明示する記載はなんら存在しない。

したがって、「シリンダ室Rが容積増加している部位のほぼ全長」がどの範囲を指すかについては、実施例から窺い知るしかない。そこで、本件発明の特許願書添付図面の第1図及び第3図により、背圧空間7bがどの範囲に形成されているかをみると、第3図に開示された背圧空間7bは容積増加の開始位置より約40度時計方向に回転した位置から始まっており、容積増加開始から約40度の範囲には背圧空間が存在しない。また、第3図に示された背圧空間7bは、約155度の範囲にわたって形成されており、その終端位置は、容積最大位置となるときのベーン溝底部の位置より約30度反時計方向にずれた位置となっている。したがって、実施例に開示された背圧空間7bは、「前記シリンダ室が容積増加する位置における前記ベーン溝底部と対向する部位」をすべてカバーするような背圧空間などではない。

このように、本件明細書及び図面には、「背圧空間」を他の部位はともかくとしても、最小限「前記シリンダ室が容積増加する位置における前記ベーン溝底部と対向する部位」をカバーするように設けることについての記載はない。

(ハ) 被告は、被告を原告とする名古屋地方裁判所平成7年(ワ)第583号特許権侵害差止等請求事件(以下「別訴」という。)において、本件発明の(f)項の要件は、いわば、シリンダ室全域に連続的に広がりを有する背圧空間のうち、シリンダ室の容積増加位置に存在する一部分のみを構成要件としたものであるかのような主張を行うと同時に、容積減少位置に存在し、容積増加位置にある背圧空間(7b)とは全く異なった目的・作用効果を有する背圧空間(7c)までも、いわば、背圧空間(7b)の延長線上にある、背圧空間(7b)の一部分であるかのような主張を行っている。本件発明(f)項の要件の、「少なくとも」は、被告において、「区域の拡大」及び「位置の数の増大」を目論むことを可能にするような曖昧な文言である。

ロ 取消事由1(2)(「所定圧」が不明であること)

(イ) 被告が別訴中において主張しているように、本件発明の(f)項の要件の「背圧空間」は、「シリンダ室が容積増加する位置(吸入行程部)及び容積減少する位置(吐出行程部)にまたがって連続的に形成されている空間のうちの容積増加位置内に存在する一部分」、あるいは「シリンダ室が容積減少する位置に存在する背圧空間も、シリンダ室が容積増加する位置における背圧空間の一部分」と解釈するならば、「この背圧空間」はどのような位置に、どのような形状を有するものとして存在しているのか、また、「密閉」という概念とはどのような関係をもつのか等その全体像が全く不明であるといわざるを得ない。その結果、「この背圧空間」内の「所定圧」の意義も不明となる。

(ロ) 被告の主張によれば、起動時の「所定圧」は「均圧」であり、定常運転時の背圧空間内の圧力は「吸入圧と吐出圧力との間の圧力」であるから、定常運転に移行するまでの間の本件発明の(g)項の要件の「所定圧」は、「均圧」から出発し「吸入圧と吐出圧力との間の圧力」に到るまでの圧力ということになる。一方、本件発明の(h)項の要件の「所定圧」は「ベーンを押圧付勢するに足りる圧力」でなければならないから、仮に、(h)項の要件の「所定圧」が一定のものではないとすると、同項の要件の「所定圧」は「均圧よりは大きく定常運転時の圧力(吸入圧と吐出圧との間の圧力)よりは小さい圧力であって、ベーンを押圧付勢するに足りる連続的に変化する圧力」と考えねばならないことになる。そうだとすると、本件発明の(g)項の要件の「所定圧」および同(h)項の要件の「所定圧」は、回転圧縮機の状態によって時々刻々と変化するものとなって、その意味内容は、一義的に確定し得ないこととなる。

(ハ) 別訴における被告の主張によれば、背圧空間7cは背圧空間7bの一部分ということになる。本件明細書によれば、第2背圧空間7cの圧力は、「その行程途中で第2背圧空間7cからベーン溝底部2a’内に潤滑油が供給されるようになっているため、第2背圧空間7c通過後のベーン4はベーン溝2a内に充填された潤滑油を圧縮しながらベーン溝2a内に押し込められることになり、その反力によって・・・十分高くなるようになっている。」(5頁6行ないし9行)ということであるから、本件発明の(g)項の要件の「この背圧空間」の「所定圧」は上記「均圧」あるいは「均圧から出発し、定常運転時の「吸入圧と吐出圧力との間の圧力」に到るまでの圧力」とも異なる、より一段と高いものとなる。

このように、本件発明の(g)項の要件の「この背圧空間」の「所定圧」には、いろいろなものが考えられ、一義的には確定することができない。

ハ 取消事由1(3)(「この背圧空間内に潤滑油を含む所定圧の流体を保持し、」、「この潤滑油を含む所定圧の流体により前記ベーンを前記ベーン溝底部より前記ハウジング側に押圧付勢し、」が不明であること)上記イ、ロで述べたとおり、本件発明の(g)項の要件の「この背圧空間」及び「所定圧」並びに同(h)項の要件の「この潤滑油を含む所定圧の流体」の意味内容は、必ずしも明白ではなく、また、本件発明の(g)項と同(h)項の各要件の関係及びこの両者と同(f)項の要件との関係も必ずしも明白なものではないのであるから、審決の判断は誤っている。

なお、本件発明の(i)項の要件の「かつ」は、同項の要件が本件発明の(f)項、(g)項及び(h)項の各要件と並列的に存在するものであることを意味するものであるが、同時に上記(i)項の要件の「背圧空間」は、上記(g)項及び(h)項の要件によって限定された(f)項の要件である背圧空間を意味しているのであるから、論理必然的に本件発明の(g)項、(h)項及び(i)項の要件は、一括りとして解釈されることになる。

ニ 取消事由1(4)(「連通手段」が不明であること)

(イ) 被告が主張するように、本件発明の(f)項の要件の「背圧空間」が、<1>シリンダ室の容積増加位置から容積減少位置にまで連続的に広がって形成されているとした場合、<2>第2背圧空間7cが第一背圧空間7bの一部分であると考えた場合に、本件発明の(j)項の要件の「連通手段」が、どのような形態で<1>のような背圧空間と連通するのか(同項の要件の「連通手段」は起動時における背圧空間の密閉防止を目的としているが、もし、「背圧空間」がシリンダ室の容積減少位置にまで広がって形成されているとした場合、「背圧空間」にはシリンダ圧縮室の圧縮行程にある高圧気冷媒が回転体の各微小間隙を介して流入することになり、「背圧空間」が密閉化されることはない。)、あるいは<2>の背圧空間(7b、7c)のいずれのものと、どのように連通するのか不明となる。

(ロ) 背圧空間が容積増加位置を越えて容積減少位置まで連続的に形成された場合には、容積減少位置におけるベーン溝底部と対向する部位にある背圧空間に連通する連通手段の機能は、容積増加位置にあるベーン溝底部とのみ対向する背圧空間に連通する連通手段の持つ機能とは、自ずと異なっているであろうことは容易に推測できるところである。例えば、極端な場合として、背圧空間が容積増加位置を越えて容積減少位置まで伸びて360度連続した環状溝となった場合には、もはや負圧の問題は発生せず、起動と同時に吐出圧が背圧空間に導かれてベーンが飛び出すことになる。すなわち、回転圧縮機が用いられる自動車用空調装置では、停止時にはすべてのベーンはハウジングに当接した状態にあるから、圧縮行程で押し込まれるベーンのベーン溝底部の潤滑油は、環状溝を通じて吸入行程で飛び出そうとするベーンのベーン溝底部に流入するし、また、シリンダ圧縮室内の圧縮行程にある高圧気冷媒が回転体の各微小間隙を介して流入するから、環状溝の場合には、外部の気流体空間との連通手段を設けなくとも、起動時に環状溝内の密閉化及びベーン溝底部の負圧の発生はなく、起動によるロータの回転と共にスムーズな圧縮が行える。仮に停止時に一部のベーンがハウジングに当接していない場合でも、シリンダ圧縮室内の圧縮行程にある高圧気冷媒が回転体の各微小間隙を介して流入することと、吐出ガスがベーン溝底部に圧力を伝播するから、ベーンは速やかに飛び出してハウジング内壁面に当接する。

(2)  取消事由2

本件発明は、引用例1記載の考案、引用例2、3の1及び3の2記載の発明を総合的に考察した場合に当業者が容易に発明することができたものである。これを具体的に述べると、次のとおりである。

イ 取消事由2(1)(引用例3の1記載の発明と引用例3の2記載の発明の組合せについての判断の誤り)

(イ) 引用例3の1の記載からみれば、引用例3の1記載の発明の作動媒体が「気冷媒」であることは明らかである。

(ロ) 審決は、相違点<2>について、引用例3の1記載の発明においては、第1点として、「第1の空間は、シリンダ室に対してどのように設けられているのか明らかでない圧縮機の静止中に潤滑油及び凝縮液を蓄積するリリース溝であ」るから、本件発明の背圧空間7bとは異なるものであり、第2点は、引用例3の1記載の発明においては、「第2の空間は、高圧側と連通した潤滑油槽であって、この潤滑油槽とリリース溝とを排液導管で連通している点で」、「高圧気冷媒通路」と「背圧空間」とを連通手段で連通している本件発明とは相違するものであるという。

しかし、上記第1点については、引用例3の1に、「圧縮機ユニット2は、スウェーデン特許第358215号明細書に記述されるリリース溝14を備え、リリース溝14は、圧縮機の作動中、定期的にロータのベーン溝内のベーンの後方の空間に接続される。」(訳文3頁末行ないし4頁2行)とあるように、引用例3の2記載の発明におけるバランス溝(5、6)を備えるものである。そして、バランス溝(5、6)は、審決も認めるように、(g)このバランス溝5、6内に潤滑油を含む所定圧の流体を保持し、(h)この潤滑油を含む所定圧の流体により前記ベーン4を前記軸方向溝3の底部より前記ステータ2側に押圧付勢するという構成及び作用効果を有するものであり、また、引用例3の2のFig5及び「即ちベーン・ジャンプの恐れのある領域は、同回転の第一四半部であり、それ故、例えば図5に示すように閉止片9、10を、相互距離を二枚のロータ・ベーン間の角度に略相当するようにバランス溝に嵌入することによって、このバランス溝の部分を閉止すると良い結果が得られるであろう。ここでは溝は二つの小室11、12に分割され、その圧力は互いに独立して変動することが可能である。」(訳文4頁16行ないし22行)、「通路13を介して小室11を機械の高圧側に接続しベーンが同セクターの間、外方に圧出され易くすることが適切である。」(訳文5頁2行ないし3行)との記載から明らかなとおり、引用例3の2記載の発明の小室11は、本件発明の背圧空間7bに相当するものである。

また、上記第2点については、本件発明における高圧気冷媒通路の下方には油溜り部16bが存在し、したがって、本件発明における高圧気冷媒通路と引用例3の1記載の発明の潤滑油槽6との間には相違はなく、引用例3の1記載の発明は、本件発明における背圧空間に相当するリリース溝と高圧気冷媒通路に相当する潤滑油槽6とを連通手段に相当する排液導管(判決注・審決は「廃液導管」と記載することもある。)によって連通しているのであるから、本件発明の構成となんら異なるところはない。

(ハ) 審決は、引用例3の2記載の発明について、<1>引用例3の2記載の発明における背圧空間に相当するバランス溝は、分割区画され、機械の高圧側と連通する背圧空間としての小室は、シリンダ室が容積増加する位置をすべてカバーするようには設けられておらず、この構成では圧縮機の起動時にベーンの突出を妨げるベーン溝内の負圧を防止することができるという本件発明の作用効果を十分に奏することはできない、<2>リリース溝に対応するバランス溝が複数の小室に分割区画されていることから、引用例3の2記載の発明のリリース溝と、高圧側と連通した潤滑油槽とを連通する排液導管とは、どの小室とつながっているのか明らかでない、<3>引用例3の2記載の発明の機械の高圧側と小室とを連通する通路は、ベーンに作用する力を一様化するためのもので、圧縮機の定常運転時にも連通していることを前提としており、この通路に引用例3の1記載の発明の差圧が所定圧以上の時、すなわち、圧縮機の定常運転の時閉じる弁を設けることは考えられないとした。

しかし、<1>については、本件発明の(f)項の要件は、背圧空間がシリンダ室が容積増加する位置をすべてカバーするように設けられていることを規定するものではない。したがって、本件発明における負圧の発生の防止という作用効果も、上記のような背圧空間によってもたらされる限りのものを想定しているにすぎない。

また、<2>については、引用例3の2記載の発明のバランス溝は小室11と小室12の2つに分割されているが、本件発明の背圧空間に相当する小室11は、引用例3の2の第7図から明らかなとおり、通路13によって高圧側と連通している。

更に、<3>については、引用例3の2のバランス溝が組み込まれている引用例3の1記載の発明においては、第1、第2図から明らかなとおり、高圧側と小室とを連通する通路は、「差圧が所定圧以上の時」弁によって閉じられるようになっている。

なお、審決は、引用例3の2記載の発明の機械の高圧側と小室とを連通する通路は、ベーンに作用する力を一様化するためのものであると認定するけれども、引用例3の2記載の発明で力の一様化をはかるものは、「バランス溝を複数の小室に分割する方法」(訳文4頁12行)であり、「閉止板9、10」がそれに該当するのであって、「通路13」ではない。

(ニ) したがって、引用例3の1記載の発明と引用例3の2記載の発明とを組み合わせれば、本件発明と同一のものとなる。

ロ 取消事由2(2)(引用例1記載の考案と引用例3の1記載の発明の組合せに関する判断の誤り)

(イ) 審決は、本件発明と引用例1記載の考案は、本件発明の(k)項の要件に関する部分においてのみ相違し、その他の構成においては同一であると認定している。

(ロ) 引用例3の1記載の発明の弁手段18は、圧縮機の静止中、すなわち、潤滑油槽(高圧気冷媒通路)6とリリース溝(背圧空間)14との差圧が所定圧以下の時には開となっており、また、圧縮機作動中、潤滑油貯蔵タンクにより高圧がかけられた時は閉じる弁であって、その開→閉という動作において、本件発明の(k)項の要件に規定する弁となんら変わるところのない弁である。

しかも、上記弁手段18は、圧縮機の静止中から圧縮機が起動されて潤滑油槽(高圧気冷媒通路)6内の圧力が所定圧になるまでの間においては開であるから、リリース溝(背圧空間)14と潤滑油槽(高圧気冷媒通路)6とを連通状態とし、また、圧縮機の作動中、潤滑油貯蔵タンクにより高圧がかけられた時は閉じることによって、圧縮機の効率低下を防止する作用効果を備えているのであるから、この点においても、本件発明の(k)項の要件に規定する弁と全く同じである。

(ハ) 本件明細書には、「また、従来の例として、回転圧縮機の起動特性を改善すべく起動時に、吐出側圧力を背圧空間側に導くものも堤案されている(実公昭54-33604号公報)。この従来例は、起動時背圧空間内に所定値以上の高圧が保持されていないことに鑑み、吐出側の冷媒圧力を積極的に背圧空間に導き、この吐出側圧力を利用してベーンを飛び出たせるようにしたものである。しかしながら、このようにしたのでは、吐出圧力を積極的に背圧空間に導びく結果、逆に高圧圧力の漏洩につながり定常運転時においては圧縮効率が低減してしまうという問題が生じる。即ち、定常運転時に吐出圧力が背圧空間側へ導かれないようにしようとすれば、起動時においても高圧を導くことができず起動性向上が図れない。逆に起動時に直ちに高圧を背圧空間に導かれるようにすれば、定常作動時においても上述の如く高圧が背圧空間側へ漏洩し、圧縮効率を低減させることになる。」(2頁9行ないし17行)と記載されている。すなわち、引用例1記載の考案においては、「吐出側の冷媒圧力を積極的に背圧空間に導き、この吐出側圧力を利用してベーンを飛び出たせるようにした」結果、「逆に高圧圧力の漏洩につながり定常運転時においては圧縮効率が低減してしまうという問題が生じる」ので、本件発明はそのような問題を解決するためにされたものである。しかし、「圧縮機の運転中において圧縮機の高圧側と連通した潤滑油槽(高圧気冷媒通路)6とリリース溝(背圧空間)14とが連通することによる圧縮機の効率の低下を防止するため、前記潤滑油槽(高圧気冷媒通路)6内の圧力と前記リリース溝(背圧空間)14内の圧力との差圧が所定圧以下の時排液導管(連通手段)15、16を開き、前記潤滑油槽(高圧気冷媒通路)6内の圧力が前記リリース溝(背圧空間)14内の圧力より所定圧以上高い時には排液導管(連通手段)15、16を閉じる弁手段18」は、上記のとおり引用例3の1に記載されており、本件発明の出願前に公知の技術である。

しかして、引用例1記載の考案の上記問題点を解決するために、引用例1記載の考案の逆止弁64に代えて、引用例3の1記載の発明の弁手段を採用することには格別の創意工夫を必要としない。また、これによってもたらされる圧縮機の定常運転時における効率低減防止という作用効果も、当然に予測されるところである。

したがって、引用例1記載の考案と引用例3の1記載の発明とを組み合わせて本件発明の構成を得ることは、当業者には容易であった。

ハ 取消事由2(3)(引用例2記載の発明と引用例3の1記載の発明の組合せの判断の誤り)

(イ) 引用例2には、「本発明に於ては潤滑油の如き実質的に非圧縮性の流体がベーン・スロットの底部、個々のベーンの下側及びローターの反対両側の端板によって境界されるベーン下部空間内に流入させられる。」(4頁右上欄8行ないし11行)として、引用例2記載の発明の回転圧縮機のベーン・スロット内に非圧縮性の流体(気冷媒と潤滑油の溶け合ったもの)が供給されることが明示され、更に「本発明と公知の従来技術の同じような原理で作動するコンプレッサーとの間の重要な差異は本発明に於てベーンの下部に噴射される流体の量が比較的1定であることである。」(4頁右上欄11行ないし末行)として、引用例2記載の発明の回転圧縮機は、従来公知の回転圧縮機と同じ作動原理によって作動されていること、すなわち、ベーン・スロットに供給された流体によって負圧を防止し、「ベーンをベーン溝底部よりハウジング側に押圧付勢している」ことが示唆されている。

また、引用例2の「入来する油の圧力(これは装置系全体にわたって圧力を平衡化するのに充分な時間が経過する迄実質的に排出圧力に留っている)はベーンをベーン・スロット内で外方に円筒状壁部に向って押す傾向を有する。」(5頁左上欄9行ないし13行)との記載からも、引用例2記載の発明において、ベーン・スロットがその保持する所定圧の潤滑油によってベーンをハウジング側に押圧付勢している事実が明らかとなる。

したがって、引用例2記載の発明のスロットは、ベーンをベーン溝底部よりハウジング側に押圧付勢する潤滑油を含む所定圧を保持する背圧空間ではないとした相違点<1>の審決の認定は、誤っている。

(ロ) 引用例2記載の発明のスロットの目的の一つは、引用例2に記載されているとおり、「ベーン下部空間の真空を逃がし即ち解放してベーンが起動状態で正しく外方に伸長するのを確実になすこと」(8頁右下欄末行ないし9頁左上欄2行)である。そして、上記目的を達成するための構成として、引用例2記載の発明においては、スロット80の円弧状部分90に連通する部分92の端部がローターの縁を超えて圧縮空所26(シリンダ室)の吸引区域内に伸長し、起動状態で存在するかもしれないベーン下部の流体が通路94・90及び92を介して吸引区域に排出されるような構成が採用されている。また、上記流体が吸引区域に排出されるようにするために、ベーン・スロット又はスロット90(背圧空間)に真空が発生する場合というのは、一つのベーンが真空逃がしスロットの端部93から入口ポート38の開始点に移動するまでの区間であるが(第2図参照)、この場合、他の一つのベーンはスロット80とポート68とがベーン下部空間で相互に連通されない区間を移動し、更に、他の一つのベーンは、ポート68を通過して接触点に至る区間を移動するように配置されている。そして、この二つのベーンは収縮行程にあるために、ベーン下部空間の容積は減少し、ベーン下部空間内の流体はベーシの下降によって圧縮され、ベーン下部空間内よりロータ端部20a、20b、前部及び後部端板16、18の間の間隙を介してスロット80に戻され、更に、部分92を介して吸入区域に排出される。このようにして、圧縮空所26の吸引区域の真空状態にある部分に連通するスロット90(背圧空間)と対向する位置にあって、負圧を発生しているベーンの下部空間の流体は、高圧圧力区域による流体の圧縮、押し出し効果によって吸入区域内に排出されるのであるから、引用例2記載の発明では、ベーン下部空間が吸引サイクルの最初の位相位置を通される際は高圧圧力区域に解放されるようにされているのである。

したがって、連通手段が、本件発明では、高圧気冷媒通路と背圧空間とを連通しているのに対して、引用例2記載の発明では、シリンダ室の吸引区域とスロットとを連通している点を相違点<2>とした審決の認定は誤りである。

(ハ) 本件発明と引用例2記載の発明は、本件発明が、本件発明の(K)の要件を備えているのに対して、引用例2記載の発明は備えていない点で相違する。しかし、引用例3の1記載の発明の弁手段を引用例2記載の発明に採用することについては、格段の創意工夫は必要とせず、かつ、なんらの困難もない。

(ニ) したがって、引用例2記載の発明と引用例3の1記載の発明とを組み合わせて本件発明の構成を得ることは、当業者には容易であった。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1のうち、原告に対する審決謄本の送達日は不知、その余は認める。同2、3は認め、同4は争う。

2  被告の主張

(1)  取消事由1について

イ 取消事由1(1)について

「少なくとも」という語句は、「いくら少なく見積もっても。最小にしても。少なくも。」という意味であり、その解釈は一義的である。したがって、本件発明の(h)項の要件は、「背圧空間」を他の部位はともかくとしても最小限「前記シリンダ室が容積増加する位置における前記ベーン溝底部と対向する部位」をカバーするように設けることをその構成に欠くことができない事項としていることは、明白である。

ロ 取消事由1(2)について

(イ) 上記イで述べたとおり、本件発明の(f)項の「少なくとも」の解釈が一義的であり、したがって、本件発明の「背圧空間」の構成要件が明確なものである以上、同背圧空間内に保持される流体が「所定圧」を有することは自明の理である。

(ロ) 回転圧縮機内の圧力はその作動状態に応じて変動するものであり、したがって、背圧空間内に保持された流体もその時々の作動状態に応じて定まる「所定圧」を有する。

例えば、圧縮機の起動時においては、背圧空間内をも含めて圧縮機内全体の圧力がほぼ平衡しているから、背圧空間内の流体が有する「所定圧」はその平衡した圧力を意味する。また、圧縮機の定常運転時においては、圧縮機内には吸入圧力から吐出圧力までの圧力差が発生するから、背圧空間内の流体が有する「所定圧」はその間の圧力になる。しかも、吸入圧力と吐出圧力の絶対値は作動状態に応じて時々刻々と変動するから、その間の値である「所定圧」の値もそれに応じて変動することになる。

このように、背圧空間内に保持された流体の圧力は、その時々の圧縮機の作動状態に応じて自ずから定まるのであり、だからこそ、本件発明の(g)項の要件でも、同(h)項の要件でも、単に「所定圧」と記載されているのであって、「作動状態の如何に関らず一義的に確定する一定圧」などとは記載されていない。

本件発明が圧縮機の起動時から定常運転時までの幅広い作動領域を対象とするものであることは、特許請求の範囲の記載から明らかである。したがって、(f)項の「背圧空間」内に保持された流体の「所定圧」は、その時々の作動状態に応じて定まる「所定圧」をいうものと理解すべきことは、当業者にとって自明である。

ハ 取消事由1(3)について

審決も認定するとおり、本件発明の(f)項、(g)項及び(h)項の各要件の意味内容及び相互の関係は文言上明らかである。

また、もし、仮りに本件発明の(g)項、(h)項及び(i)項の各要件を一括りに解釈するとしたところで、その結果、特許請求の範囲の記載にどのような不備があることになるというのか、原告は全く明らかにしていない。いずれにせよ、本件発明の(i)項の要件の「かつ」という文言を捉えて、本件発明の(g)項、(h)項及び(i)項の要件は一括りに解釈されるといくら主張したところで、それ自体に特段の意味はなく、審決の判断が正当であることに変わりはない。

ニ 取消事由1(4)について

(イ) 本件発明の(j)項の要件の連通手段は、最小限「前記シリンダ室が容積増加する位置における前記ベーン溝底部と対向する部位」をカバーするように設けられている背圧空間と連通する形態であることを要すると共に、それを充足するものである以上、当該背圧空間がシリンダ室の容積増加位置を超えて容積減少位置まで連続的に形成されているとしても、それによって(j)項の連通手段の連通形態に特段の影響が及ぶことはない。

(ロ) 原告は、もし「背圧空間」がシリンダ室の容積減少位置にまで広がって形成されているとした場合、「背圧空間」にはシリンダ圧縮室の圧縮行程にある高圧気冷媒が回転体の各微小間隙を介して流入することになり、「背圧空間」が密閉化されることはない旨主張する。しかし、原告のいう「シリンダ圧縮室の圧縮行程にある高圧気冷媒が回転体の各微小間隙を介して流入する」現象は、既に圧縮作動が十分行われて吐出圧が上昇した後の状態(定常運転時)でなければ生じ得ない。ところが、本件発明が問題にしている背圧空間内の密閉化は、吐出圧がいまだ上昇していない起動時に生ずる問題であり、上記のような定常運転時に生ずる問題ではない。

(ハ) 本件明細書の実施例では、背圧空間7bと背圧空間7cが開示されると共に、背圧空間7bとリアハウジングの吐出通路室16aとを連通する連通手段7eが明確に記載されている。原告は、あえて「第2背圧空間7cが第1背圧空間7bの一部分であると考えた場合」などという前提をおくことによって議論を混乱させようとしているが、原告の主張は、本件明細書の明確な記載を無視するものである。

(ニ) 本件明細書において「背圧空間内が負圧となる」等と表現しているのは、起動時において、ベーンの背面側にかかる圧力が、ベーンの先端側にかかる圧力を意味するものである。そして、起動時に上記の負圧が発生する原因は、起動時に背圧空間内及び同所と通じる各ベーン溝底部が、体積変化のない非圧縮性流体である潤滑油によって密閉状態となるからにほかならない。言い換えれば、背圧空間の形成範囲とは関係なく、背圧空間内及び同所と通じる各ベーン溝底部に潤滑油が存在していることそれ自体が、起動時における密閉化及び負圧発生の原因となっているのである。

(2)  取消事由2について

イ 取消事由2(1)について

(イ) 引用例3の1記載の発明のリリース溝は、圧縮機の静止中に液化した冷媒やオイルのような非圧縮性流体が溜りやすい部位の一例であるにすぎず、引用例3の1のどこを見ても、リリース溝の形成位置(シリンダ室に対してどのように設けられるか)に関する記載は一切認められないし、まして、本件発明の背圧空間のように「少なくともシリンダ室が容積増加する位置におけるベーン溝と対向する部位」に形成されることを窺わせる記載は全く存在しない。したがって、引用例3の1記載の発明のリリース溝は、「シリンダ室に対してどのように設けられているのか明らかでない圧縮機の静止中に潤滑油及び凝縮液を蓄積する」溝であり、本件発明の背圧空間とは異なる。

引用例3の1記載の発明の排液導管は、圧縮機の静止中に蓄積される潤滑油及び凝縮液を潤滑油槽に流下排出するための機構であるのに対して、本件発明の連通手段は、起動時に背圧空間を高圧気冷媒通路に連通させることにより背圧空間内の密閉化を防止するための機構であって、両者の目的及び作用効果は全く異なる。そして、引用例3の1記載の発明の排液導管は、シリンダ室に対してどのように形成されているのか明確でなく、かつ、圧縮機の静止中に潤滑油及び凝縮液を蓄積するリリース溝を潤滑油槽に連通させるよう構成されるのに対して、本件発明の連通手段は、少なくともシリンダ室の容積増加位置をほぼカバーするように設けられ、かつ、ベーンをベーン溝底部よりハウジング内壁面側に押圧付勢するための潤滑油を保持する背圧空間を高圧気冷媒通路に連通させるよう構成されるものであって、構成上も両者は全く異なる。

また、引用例3の1記載の発明の潤滑油槽は、高圧側に連通するものではあるが、高圧気冷媒の通路として構成されている旨の開示はない。したがって、上記潤滑油槽は、本件発明の高圧気冷媒通路に相当しない。

(ロ) 引用例3の2記載の発明の小室11は、シリンダ室が容積増加する途中の位置にすぎない。本件発明の(f)項の要件の背圧空間は、最小限「前記シリンダ室が容積増加する位置における前記ベーン溝底部と対向する部位」をカバーするように設けることをその構成に不可欠の事項としている。したがって、両者は異なる。

(ハ) 引用例3の2記載の発明の通路13は、圧縮機の運転中に開放していてこそ、小室11内の圧力調節という本来の機能を実現することができるのであり、ひいては、運転中ベーンに作用する力の一様化を図るという引用例3の2記載の発明の本来の技術的思想にも適合する。したがって、通路13に定常運転時に閉じる弁を設けることはおよそ考えられない。また、上記通路13は、小室11内を機内の単なる高圧側(高圧気冷媒通路とか、潤滑油槽とかの限定はない。)に連通させる通路であり、かつ、定常運転中に開放していることを不可欠の構成とするものであって、潤滑油を潤滑油槽に流下排出するための導管であり、かつ、定常運転中は弁によって閉じるよう構成されている引用例3の1記載の発明の排液導管とは全く異なる。審決は、これを踏まえて、仮に引用例3の1記載の発明と引用例3の2記載の発明の組合せを考えるとしても、引用例3の1記載の発明の排液導管は、引用例3の2記載の発明のどの小室とつながることになるか明らかではないと判断しているのである。

(ニ) 引用例3の1記載の発明と引用例3の2記載の発明は、技術的思想、課題認識及びその課題を解決する手段のすべてが完全に異なり、両者を組み合わせることが容易ではない。

ロ 取消事由2(2)について

(イ) 引用例1記載の考案は、圧縮機の起動直後の圧力上昇が十分ではないために、シリンダ内周面へのベーン先端の押付けが不十分で作業室を複数の小室に区画することが不確実になることによって生ずる不都合な現象を解決しようとするもので、その解決手段として考案されたのが2つの弁(逆止弁64と調整弁60-いずれも起動時には閉じている)を含む構成である。そして、これにより、起動直後に得られる吐出冷媒の圧力をベーン背面に直接的に作用させ、もって前述の課題を解決しようとしているのである。上記から明らかなことは、引用例1記載の考案では、「圧縮機の停止時には逆止弁は偏倚ばねによって閉止されており、圧縮機の起動後所定の初期開放圧力になるまでの間閉止を持続」する構成であることが、必要不可欠の要件であるということである。

(ロ) 引用例3の1記載の発明の排出弁(弁手段)18は、あくまでも流体を重力によって下方の潤滑油槽に流下排出するために排液導管内に配設される弁であって、弁が開放することによって排液導管を開口し、流体が自ずから流下排出するように配設されなはればならない。換言すれば、弁が開放することによって流体を流下排出するという機能は、引用例3の1記載の発明の排出弁18が本来的に有する不可欠の機能であり、それを欠く弁は同発明の排出弁には当たらない。

(ハ) 引用例1記載の考案では、圧縮機の停止時及び起動時には偏倚ばねによって閉止され、起動後所定の初期開放圧力になるまでの間閉止を持続している逆止弁64の構成が必要不可欠なのであるから、その逆止弁64を他の構成の弁、しかも、圧縮機の停止時及び起動時には逆に開放している構成の弁に置換えることなどは、最初から論外である。

また、引用例3の1記載の発明の排出弁18は、あくまでも排液導管内に配設される弁であり、弁の開放により排液導管を開口して流体を流下排出する構成であるから、引用例1記載の考案の補助連通路63のような排液導管ではない通路内にこれを配設するというのはあり得ないことである。

更に、引用例1にも引用例3の1にも、本件発明の技術的課題である圧縮機の起動時におけるベーン溝内の負圧の発生を防止するために設けられる高圧側空間と背圧空間とを連通する連通手段なるものは存在しないし、このような連通手段によって圧縮機の定常運転時の効率が低下しないようにすることについての記載も全く存在しない。

(ニ) したがって、引用例1記載の考案と引用例3の1記載の発明を組み合わせて本件発明の構成を得ることは、容易ではない。

ハ 取消事由2(3)について

(イ) 圧縮機の作動中もスロット80は圧縮空所(シリンダ室)26の吸引区域と連通しているから、微小間隙を介してスロット80内に流入してくる流体があり得るとしても、たちまちシリンダ室の吸引区域内に吸引排出されてしまい、スロット80に対向する位置にあるベーン下部空間35に流体を供給してベーンに背圧を付与する余地はない。したがって、引用例2記載の発明のスロット80は、ベーンに背圧を付与するような空間ではない。

(ロ) 原告は、引用例2の「高圧圧力区域に解放される」とのただ一箇所の記載に拘泥して、引用例2記載の発明ではスロット80と「シリンダ室の吸引区域」とが連通しているとの審決の認定を争う。しかし、原告は、「引用例2記載の発明においては、スロット80の円弧状部分90に連通する部分92の端部がロータの縁を超えて圧縮空所26(シリンダ室)の吸引区域内に伸長し、起動状態で存在するかも知れないベーン下部の流体が通路94・90及び92を介して吸引区域に排出されるような構成が採用されている」と自認しており、それは、すなわち、スロット80と「シリンダ室の吸引区域」とが連通する構成であることを認めるという意味において、審決の上記認定となんら異なるところがない。

引用例2の「ベーン下部空間が吸引サイクルの最初の位相位置を通される際に高圧圧力区域に解放される」(6頁右上欄9行ないし11行)に係る原告の主張は、「ベーン下部空間の流体は、高圧圧力区域による流体の圧縮、押し出し効果によって吸入区域内に排出される」ということに尽きる。しかし、圧縮機が起動後定常運転に移行してからは、圧縮行程においてベーン下部空間の流体がベーン背面によって圧縮され、若干の流体がロータ端部と前後各端板との間の微小間隙に押出されることがあるとしても、その微小間隙は、ごく小さいものであり、流体に対し「抵抗の大なる流路」を与える程度のものにすぎない。しかも、引用例2記載の発明で課題とされている圧縮機の起動時においては、微小間隙を介して流体が速く流れることなどできる筈はないから、微小間隙を介した流体の流れによって起動時におけるベーン下部空間の真空を逃がす(解放する)などということは到底不可能である。

以上のとおり、原告のいう「高圧圧力区域による流体の圧縮、押し出し効果」なるものは、起動時においてベーン下部空間を高圧圧力区域に「解放」し得るものではないのである。

上記引用例2の「高圧圧力区域に解放される」との記載は、審決の認定どおり「低圧圧力区域に解放される」の誤記である。

(ハ) 引用例2記載の発明も引用例3の1記載の発明も、圧縮機の起動時における技術的課題を解決するための手段として、ベーン下部空間35又はリリース溝に存在する流体を積極的に排出するという技術的思想によるものであり、背圧空間内に流体を保持したまま起動時に同流体によって背圧空間内及びベーン溝内が密閉状態となるのを構造的に解決するという本件発明の技術的思想とは、本質的に相容れないものである。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3のうち、審決の送達日を除くその余の事実は当事者間に争いがなく、審決の送達日は、甲第1号証及び職権をもって調査したところによりこれを認める。

第2  本件発明の概要

甲第2号証(本件発明の特許法64条の規定による補正の掲載の公報)によれば、本件明細書には、本件発明について、次の記載があることが認められる。

1  「本発明は回転圧縮機に関し、特に自動車用空調装置の冷媒圧縮機として用いる。」(1頁19行) 「従来より、自動車用の回転圧縮機として、ハウジング、ハウジング側板、ロータ、およびベーンによって形成されるシリンダ室の容積変動によって冷媒の吸入圧縮吐出を行ういわゆるベーンタイブの回転圧縮機は知られている。このようなベーンタイプの回転圧縮機においては、圧縮機の効率を悪化させないためにも、ベーンの先端はハウジング内面に良好に押しつけられていることが必要とされる。そのため、従来の圧縮機ではベーンの背面に油圧等を導いて、その油圧によりベーンをハウジング内面側に押しつけるようにしていた・・・。そして、これらの従来技術では、ベーン溝底部と対向する位置に背圧空間を形成し、この背圧空間に高圧の潤滑油を供給するようにしていた。」(1頁21行ないし29行)

「ただ、この背圧空間に高圧の潤滑油を供給する形式の回転圧縮機では、圧縮機の起動直後においてベーンの挙動が不安定なるということが認められた。そのため、この種の圧縮機では、圧縮機の起動直後にベーンの挙動不安定に伴う衝突音が生じ、騒音発生の原因となっていた。」(1頁31行ないし33行)「本発明はこの点に鑑み、背圧空間を備える回転圧縮機において、圧縮機起動直後よりベーンが確実に飛び出るようにすることをその目的とする。」

(2頁20行ないし21行)

2  本件発明は、特許請求の範囲記載の構成を備える。(1頁1行ないし17行)

3  「上記構成の採用により、本発明圧縮機では起動時から圧縮機の定常運転時に至るまで、ベーンの挙動を良好なものとし、確実な圧縮をすることができる。まず起動時であるが、本発明の圧縮機では背圧空間が連通手段を介して高圧気冷媒部位と連通しているため、背圧空間が密閉される事態が確実に防止される。即ち、起動時では背圧空間内圧力がベーンの押し出しに寄与することがないものではあるが、少なくとも背圧空間が密閉され、その結果背圧空間の存在ゆえにベーンの飛び出しを阻害するという事態は生じない。特に、本発明の圧縮機では背圧空間が高圧気冷媒部分と連通するため、連通通路内の流体流れは高圧気冷媒が背圧空間側へ向かうものとなり、上述した背圧空間の密閉防止という作用は確実に達成されることになる。従って、起動時の如く背圧空間内に所定の高圧が保持されていないような状態であっても、背圧空間内圧力が負圧となってベーンの飛び出しを妨げるという事態は確実に防止できる。」(2頁34行ないし43行)

「定常運転時にあってはベーン先端とハウジング内面との面圧を所定圧に保持することができ、しかも高圧気冷媒の無駄な漏洩を防止することができて、圧縮機の圧縮効率を良好なものとすることができる。」(3頁6行ないし8行)

「本発明回転圧縮機では圧縮機起動直後より定常運転時に至るまで幅広い領域で良好な圧縮作動を達成させることができるという優れた効果を有する。」(3頁10行ないし11行)

第3  審決の取消事由について判断する。

1  取消事由1(1)について

(1)  乙第1号証(新村出編「広辞苑」株式会社岩波書店昭和51年12月1日 第2版補訂版第1刷発行)によれば、「少なくとも」とは、「いくら少なくみつもっても。最少にしても。すくなくも。」との意味であることが認められる。そうすると、本件発明の特許請求の範囲の(f)項の記載は、その文言上、背圧空間について、他の部位はともかくとして、最少にしても「シリンダ室が容積増加する位置におけるベーン溝底部と対向する部位」をカバーするように設けられることをその構成に欠くことができない事項としているものと解されるから、同項の記載は、明確なものと認められる。

(2)  原告は、同項の記載について、背圧空間が「シリンダ室が容積増加する位置におけるベーン溝底部と対向する部位」をカバーするように設けられることを要件とするものではない旨主張する。しかし、前記「少なくとも」は、「最少にしても」との意味である以上、背圧空間は、最少にしても一定の位置や大きさを有し、一定の部位をカバーするとの趣旨であることは明らかである。そして、上記一定の部位とは、「少なくとも」の文言が係る「シリンダ室が容積増加する位置におけるベーン溝底部と対向する部位」を指すとしか解釈することができない。原告の主張は採用することができない。

また、原告は、本件発明の実施例によれば、「シリンダ室Rが容積増加している部位」が「シリンダ室R容積が最大と」なる位置までを指すのか、あるいは「ベーン4がベーン溝2aより最も飛び出す位置」を指すのか全く不明となっていることを前提として、実施例に開示された背圧空間7bは、「前記シリンダ室が容積増加する位置における前記ベーン溝底部と対向する部位」をすべてカバーするような背圧空間ではない旨主張する。しかし、甲第2号証によれば、本件明細書には、「第1背圧空間7bは吐出口10を通過した後でベーン4がベーン溝2aの最も奥まで引き込んだ位置から、シリンダ室R容積が最大となってベーン4がベーン溝2aより最も飛び出す位置までの部位、換言すればシリンダ室Rが容積増加している部位のほぼ全長にわたって形成され」(3頁28行ないし31行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、本件発明における「シリンダ室Rが容積増加している部位」とは、ベーンがベーン溝2aの最も奥まで引き込んだ位置からベーン溝2aより最も飛び出す位置までの部位をいうものであることが認められるから、これが不明であるということはできない。原告の主張は、前提を欠くものであって、採用することができない。

更に、原告は、本件発明の(f)項の要件の「少なくとも」は、被告において、「区域の拡大」及び「位置の数の増大」を目論むことを可能にするような曖昧な文言である旨主張する。しかし、上記(f)項の要件は、他の部位はともかくとして、最少にしても「シリンダ室が容積増加する位置におけるベーン溝底部と対向する部位」をカバーするように設けられることをその構成に欠くことができない事項としているものと解されることは上記(1)のとおりであって、他の部位まで背圧空間の範囲を拡大し、又は他の部位にこれとは別の背圧空間を設けることを排除する趣旨ではないことは明らかであるから、上記「少なくとも」が曖昧であるということはできない。原告の主張は失当である。

2  取消事由1(2)について

(1)  前記1の認定のとおり、本件発明の(f)項の要件の「背圧空間」は明確なものであり、したがって、(g)項の要件の「この背圧空間」は、「シリンダ室が容積増加する位置におけるベーン溝底部と対向する部位」をカバーするように設けられた背圧空間を指していることは明らかである。そうすると、この背圧空間内に保持される流体が「所定圧」を有することも、また、自明である。

(2)  原告は、本件発明の(g)項の要件の「この背圧空間」が不明であることを前提として、「所定圧」の意義が不明であると主張するけれども、上記「この背圧空間」の意義は、上記のとおり明らかであるから、原告の主張は、その前提を欠くものである。

原告は、本件発明の(g)項の要件の「所定圧」及び(h)項の要件の「所定圧」は、回転圧縮機の状態によって時々刻々と変化するものとなって、その意味内容は、一義的に確定し得ないから、本件発明の特許請求の範囲が明確ではない旨主張する。しかし、本件発明が、回転圧縮機の起動時から定常運転時まで幅広い作動領域を対象とするものであることは、特許請求の範囲の記載から明らかであるところ、回転圧縮機内の圧力は、その作動状態に応じて変動するものであることは自明である。したがって、背圧空間内に保持された流体も、その時々の作動状態に応じて定められるところの圧力を有し、上記圧力は、自ずからある範囲内に定まっていることも、また、自明である。そうすると、当業者は、本件発明の(g)項及び(h)項の要件の「所定圧」を、それぞれその時々の作動状態に応じて定められるところの上記圧力をいうものと理解するものと認められるから、上記「所定圧」は明確なものというべきである。原告の主張は、「所定圧」が、動作状態にかかわらず一義的に確定している不変の一定圧であるということを前提とするものとも解されるが、「所定圧」という文言をそのように限定しなければならない理由はないから、採用することができない。

また、原告は、本件明細書の実施例における背圧空間7cは背圧空間7bの一部分ということになることを前提として、本件発明の(g)項の要件の「この背圧空間」の「所定圧」には、いろいろなものが考えられ、一義的には確定することができない旨主張する。しかし、上記(g)項の要件の「この背圧空間」は、「シリンダ室が容積増加する位置におけるベーン溝底部と対向する部位」をカバーするように設けられた背圧空間であるところ、甲第2号証によれば、上記背圧空間7cは、背圧空間7bの一部ではなく、これとは別の背圧空間であって、上記(g)項の要件の「この背圧空間」には該当しないことが認められる。したがって、原告の主張は、その前提を欠くものであって、失当である。

3  取消事由1(3)について

原告は、本件発明の(g)項の要件の「この背圧空間」及び「所定圧」並びに同(h)項の要件の「この潤滑油を含む所定圧の流体」の意味内容は、必ずしも明白ではなく、また、本件発明の(g)項と(h)項の各要件の関係及びこの両者と本件発明の(f)項の要件との関係も必ずしも明白なものではないことを前提として、審決の判断が誤っていると主張する。しかし、上記(g)項の要件の「この背圧空間」及び「所定圧」並びに本件発明の(h)項の要件の「この潤滑油を含む所定圧の流体」の意味内容が明確なものであることは、上記1、2の認定のとおりである。また、本件発明の(f)項、(g)項及び(h)項の各要件の関係は、審決の認定のとおりであって、明らかなものと認められる。したがって、原告の主張は、その前提を欠くものであって、失当である。なお、原告は、本件発明の(i)項の要件に「かっ」との文言があることによって、「この背圧空間内に潤滑油を含む所定圧の流体を保持し、」、「この潤滑油を含む所定圧の流体により前記ベーンを前記ベーン溝底部より前記ハウジング側に押圧付勢し、」が不明となると主張するものとも解されるが、これが不明なものとは認められない。原告の主張は、抽象的であって根拠を欠き、採用することができない。

4  取消事由1(4)について

(1)  原告は、シリンダ室の容積増加位置から容積減少位置にまで連続的に広がって形成されているとした場合、背圧空間にはシリンダ圧縮室の圧縮行程にある高圧気冷媒が回転体の各微小間隙を介して流入することになり、背圧空間が密閉化されることはない旨主張する。しかし、本件発明が問題としている背圧空間の密閉化ないし負圧は、起動時に生じるものであることは、前記第2の3の認定事実から明らかである。そして、圧縮機の起動時には、圧力は上昇しておらず、高圧気冷媒が存在していないことは自明であるから、原告の主張は失当である。

また、回転圧縮機の回転体の微小間隙からの高圧気冷媒の漏れは、それによって圧縮の効率が妨げられることのないような僅かなものであることは自明であるから(そうでなければ、圧縮機として十分に機能しないことになる。)、上記のような高圧気冷媒の僅かな漏れによって、起動時に背圧空間内圧力が負圧となるということがなくなるものと認めることもできない。

(2)  原告は、第2背圧空間7cが第一背圧空間7bの一部分であると考えた場合に、(j)項の「連通手段」が、背圧空間(7b、7c)のいずれのものと、どのように連通するのか不明となる旨主張する。しかし、背圧空間7cは、背圧空間7bの一部ではなく、これとは別の背圧空間であることは、前記2の認定のとおりであるから、原告の主張は、その前提を欠くものであって、失当である。

(3)  更に、原告は、背圧空間が容積増加位置を越えて容積減少位置まで連続的に形成された場合には、容積減少位置におけるベーン溝底部と対向する部位にある背圧空間に連通する連通手段の機能は、容積増加位置にあるベーン溝底部とのみ対向する背圧空間に連通する連通手段の持つ機能とは、自ずと異なっている旨主張する。しかし、背圧空間が容積増加位置を越えて容積減少位置まで延びたとしても、そのことによって容積増加位置において発生する背圧空間の負圧が突然消滅してしまう理由はないから、連通手段の機能が異なることになるものとは認められない。

また、原告は、停止時にはすべてのベーンはハウジングに当接した状態にあること及びシリンダ圧縮室内の圧縮行程にある高圧気冷媒が回転体の各微小間隙を介して流入することを前提として、背圧空間が環状溝となった場合には、連通手段を設けなくとも、起動によるロータの回転と共にスムーズな圧縮が行えると主張する。しかし、停止時にはすべてのベーンはハウジングに当接した状態にあることを認めるに足りる証拠はなく、回転圧縮機の回転体の微小間隙からの高圧気冷媒の漏れは、それによって圧縮の効率が妨げられることのないような僅かなものであることは自明であることは上記(1)のとおりであるから、原告の主張は、その前提を欠くものである。更に、原告は、仮に停止時に一部のベーンがハウジングに当接していない場合でも、シリンダ圧縮室内の圧縮行程にある高圧気冷媒が回転体の各微小間隙を介して流入することと、吐出ガスがベーン溝底部に圧力を伝播するから、ベーンは速やかに飛び出してハウジング内壁面に当接するとも主張するけれども、これを認めるに足りる証拠はない。また、甲第5号証によれば、環状溝を有する引用例1記載の考案においても連通手段が設けられていることが認められ、上記事実に照らせば、環状溝の場合であっても、原告が主張するような起動によるロータの回転と共にスムーズな圧縮が行えるものと直ちに認めることはできないところである。したがって、原告の主張は採用することができない。

5  取消事由2(1)について

(1)  原告は、本件発明の(f)項の要件は、背圧空間がシリンダ室が容積増加する位置をすべてカバーするように設けられていることを規定するものではないことを前提として、引用例3の1記載の発明と引用例3の2記載の発明とを組み合わせれば、本件発明と同一のものとなる旨主張する。しかし、本件発明の背圧空間は、シリンダ室が容積増加する位置をカバーするように設けられていることを要件とするものであることは、前記1の認定のとおりである。また、引用例3の1記載の発明のリリース溝が、シリンダ室が容積増加する位置をカバーするように設けられていることを認めるに足りる証拠はない。原告の主張は、前提を欠くものであって、失当である。

(2)  また、原告は、引用例3の1記載の発明のリリース溝と引用例3の2記載の発明のバランス溝が同一であることを前提として、上記リリース溝が本件発明の背圧空間である旨主張する。

しかし、甲第7号証の1(引用例3の1)によれば、引用例3の1には、「圧縮機ユニット2は、スウェーデン特許第358215号明細書に記述されるリリース溝14を備え、リリース溝14は、圧縮機の作動中、定期的にロータのベーン溝内のベーンの後方の空間に接続される。」(訳文3頁末行ないし4頁2行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、引用例3の1記載の発明は、引用例3の2記載の発明のリリース溝を備えていることが認められるけれども、甲第7号証の1、同号証の2(引用例3の2)により認められる以下の事実に照らせば、上記リリース溝が引用例3の2記載の発明のバランス溝と全く同一のものであると認めることはできない。したがって、原告の主張は、この点でも前提を欠くものである。

イ 引用例3の1記載の発明と引用例3の2記載の発明は、同一発明者、同一出願人の特許出願に係る発明であるにもかかわらず、「リリース溝」と「バランス溝」と用語を区別している。

ロ 引用例3の1のFig1では、リリース溝14は回転軸表面から距離を置いて設けられているように図示されているのに対して、引用例3の2のFig1、2では、バランス溝の小室11、12は回転軸表面に接して円環状に設けられているように図示されており、両溝は、位置関係が異なるように図示されている。

ハ 引用例3の1の「圧縮機の高圧側に接続された潤滑油槽6がある。」(訳文3頁14行)、「リリース溝14・・・は排液導管15、16、17を備えており、それらは下方の潤滑油槽6に通じている。排液導管には、逆止弁形の弁手段18が設けられ、・・・媒体圧力に影響を受けるリリース溝・・・中の各圧力に、潤滑油槽6中の高圧が影響するのを防止する」(4頁2行ないし10行)との記載によれば、引用例3の1のリリース溝は、高圧側に接続されているものの、圧縮機の作動中には弁手段が閉じられて接続が絶たれ、高圧ではなく、媒体圧力に影響を受ける程度の中間的な圧力であるものと認められる。ところが、引用例3の2の「通路13を介して小室11を機械の高圧側に接続しベーンが同セクターの間、外方に圧出され易くすることが適切である。・・・小室12は機械の中間圧力に接続するのが適切」(訳文5頁2行ないし6行)との記載によれば、圧縮機の作動中は、バランス溝の小室11は高圧側に、小室12は中間圧力に接続されているものと認められる。そうすると、リリース溝とバランス溝の小室11、12は、接続先及び接続状態が異なることになる。

(3)  また、仮にリリース溝とバランス溝が同一のものであるとしても、上記(2)ハの認定に係る接続先及び接続状態に照らせば、引用例3の1記載の発明の排液導管がどの小室につながっているのか明らかでないものというべきである。かえって、引用例3の2記載の発明の小室11は、圧縮機の作動中は、通路13により高圧側に接続しているのに対して、引用例3の1記載の発明の排液導管が接続するリリース溝は、圧縮機の作動中は、高圧側との接続が絶たれ、媒体圧力に影響を受ける程度の中間的な圧力であることからみれば、上記排液導管の接続先は、上記小室11ではないことが窺われるものである。

(4)  更に、上記(2)ハの認定に係る接続先及び接続状態によれば、上記小室11は、圧縮機の作動中は、通路13により高圧側に接続しているのであるから、圧縮機の作動中に高圧側との接続を絶つ作用のある引用例3の1記載の発明の弁手段を設けることは考えられない。

(5)  したがって、原告の主張は、以上の点においても採用することができない。

6  取消事由2(2)について判断する。

(1)  甲第5号証(引用例1)によれば、引用例1には、「圧縮機の起動直後においては、シリンダの内周面へのベーンの押付けは、主として、ロータの回転による遠心力である。そのために、ベーンはその先端と背部とをシリンダの内周面とスリットの底部とに往復衝突する、所謂、叩き現象を生ずる。」(3欄1行ないし6行)、「この考案の目的は、起動直後に得られる吐出冷媒の圧力をベーンの背部に直接的に作用し、シリンダの内面にベーンを強制的に押し付け、作業室を複数の小室に安定的に区分し、正常運転への移行を速やかに、かつ円滑に行なわせると共にベーンの叩き現象による衝突音の発生を防止し、圧縮機の損傷を防ぐベーン型冷媒圧縮機の提供にある。そのために、この考案は吐出口と吐出側冷媒室との間を所定の圧力で開放される調整弁で遮断し起動時、調整弁に先立って開放される逆止弁を備えた補助連通路で調整弁の上流側とスリットの底部とを連通している。」(3欄14行ないし26行)、「調整弁60の初期開放圧力が逆止弁64のそれよりも高く選定されているために、吐出冷媒は、吐出室28および吐出側連通路29内に蓄積されその圧力を上昇する。その圧力が逆止弁64の初期開放圧力に達すると、吐出冷媒は逆止弁64の偏倚ばね69に抗して球弁68を開き、補助連通路63より油溜り室35に供給され、さらに各スリット油室41に供給されて、各ベーン15の背部に作用し、シリンダ12の内周面24にベーン15の先端を押し付け、」

(8欄14行ないし23行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、引用例1記載の考案は、調整弁60と逆止弁64とを組み合わせ、起動時に両者を閉じておくことにより吐出室及び吐出側連通路内の圧力を上昇させ、この圧力をベーンの背部に作用させてベーンの叩き現象を防止しようとするものと認められる。なお、逆止弁64の機能は上記のとおりであるから、その作用効果が本件発明の(k)項の要件の弁と異なることは明らかである。

(2)  甲第7号証の1によれば、引用例3の1には、「圧縮機に吸入される作動媒体が、非圧縮性であるか、又は例えば潤滑油又は凝縮液のような非圧縮性媒体を多量に含んでいると、高圧及び圧縮機の損傷の危険性が生じる。圧縮機の作動部品との結合において、圧縮機が静止中、液体が集まる空間が存在すると、上記のような危険性が発生する。・・・そのため・・・所謂リリース溝が、機能的見地から必要とされたわけである。・・・圧縮機が静止しているとき、潤滑油及びおそらく凝縮液もかかる空間に蓄積され、圧縮機を始動する際、蓄積された液体が排出されない場合、作動室に吸収され、圧縮機に通じるベーン溝は損傷される。本発明は上記の問題を解決することを目的とし、・・・液体を空間から室に排出する・・・通路手段;及び圧縮機の作動中に前記通路手段を閉鎖するよう設けられた弁手段を提供する。」(訳文1頁下から6行ないし2頁14行)、「圧縮機作動中、潤滑油貯蔵タンクにより高圧がかけられた時は閉じ、圧縮機静止時の圧力均等化おいて、重力または他の常時活動する力にしたがって開く、単純な逆止弁装置によって、潤滑油貯蔵庫と空間を接続する排液通路の開閉を可能にする。」(2頁下から4行ないし末行)、「リリース溝14は、圧縮機の作動中、定期的にロータのベーン溝内のベーンの後方の空間に接続される。・・これらの空間は排液導管15、16、17を備えており、それらは下方の潤滑油槽6に通じている。排液導管には、逆止弁形の弁手段18が設けられ、・・・。圧縮機が停止したとき、・・・潤滑油循環システムの潤滑油導管内、圧縮機の作動室内及び空間14、10に流入する他の圧縮機空間内に・・・存在し得る液体が、・・・下方の潤滑油槽6に通じる排液導管15、16、17を経て排出される。溝14内・・・の低圧レベルと、作動中の潤滑油槽6の高圧レベルとの間の開口接続は、圧縮機の効率を可成り低下させるので、弁手段18は必要である。」(4頁1行ないし18行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、引用例3の1記載の発明の弁手段18は、排液導管に設けられたものであって、圧縮機が作動により高圧が得られた時には効率の低下を防ぐために閉じられ、それ以外の時には蓄積された液体を排液導管から潤滑油槽に排出するために開かれるものであることが認められる。

(3)  以上のとおり、引用例1記載の考案の逆止弁64が起動時に閉じられている理由は、調整弁60との組合せにより、圧力を高めようとするものであるのに対して、引用例3の1記載の発明の弁手段18が起動時に開かれている理由は、液体を潤滑油槽へ排出しようとするものであって、両者の理由は全く異なる。そして、引用例1記載の考案の逆止弁64を引用例3の1記載の発明の弁手段18に置き換えた場合には、上記弁手段18は、調整弁60との組合せにより圧力を高めることはできないし、また、液体を潤滑油槽へ排出することもできないから、引用例1記載の考案の機能も引用例3の1記載の発明の機能も果たさないものというべきである。したがって、これを当業者において容易に想到できたものと認めることはできない。

(4)  原告は、引用例3の1記載の発明の弁手段18のある排液導管が通じているリリース溝14か本件発明の背圧空間であることを前堤として、引用例3の1記載の発明の弁手段18が本件発明の(k)項の要件の弁と同じである旨主張する。しかし、上記排液導管が通じているリリース溝14が本件発明の背圧空間であると認めるに足りる証拠がないことは、前記5(2)、(3)の認定のとおりであるから、原告の主張は、前提を欠くものである。また、上記弁手段18の存在する前記第2の3認定の事実によれば、本件発明の(k)項の要件の弁が起動時に開かれている理由は、背圧空間が密閉され、その結果背圧空間の存在ゆえにベーンの飛び出しを阻害するという事態が生じることを防止するためであると認められ、前記第3の6(2)の認定に係る引用例3の1記載の発明の弁手段が開かれている理由とは全く異なるから、上記リリース溝が本件発明の背圧空間であるか否かにかかわらず、引用例1記載の考案の逆止弁を引用例3の1記載の発明の弁手段に置き換えることが容易であったということはできない。

(5)  また、原告は、引用例1記載の考案においては、「吐出側の冷媒圧力を積極的に背圧空間に導き、この吐出側圧力を利用してベーンを飛び出たせるようにした」結果、「逆に高圧圧力の漏洩につながり定常運転時においては圧縮効率が低減してしまうという問題が生じる」ので、本件発明はそのような問題を解決するためにされたものであるが、「圧縮機の運転中において圧縮機の高圧側と連通した潤滑油槽(高圧気冷媒通路)6とリリース溝(背圧空間)14とが連通することによる圧縮機の効率の低下を防止するため、前記潤滑油槽(高圧気冷媒通路)6内の圧力と前記リリース溝(背圧空間)14内の圧力との差圧が所定圧以下の時排液導管(連通手段)15、16を開き、前記潤滑油槽(高圧気冷媒通路)6内の圧力が前記リリース溝(背圧空間)14内の圧力より所定圧以上高い時には排液導管(連通手段)15、16を閉じる弁18」は、引用例3の1に記載されており、本件発明の出願前に公知の技術であるから、引用例1記載の考案の上記問題点を解決するために、引用例1記載の考案の逆止弁64に代えて、引用例3の1記載の発明の弁手段を採用することには格別の創意工夫を必要としない旨主張する。しかし、上記主張は、引用例3の1記載の発明のリリース溝が背圧空間であることを前提とする主張であるところ、これを認めるに足りる証拠がないことは前記(4)のとおりであるから、原告の主張は、前提を欠くものである。また、引用例1記載の考案の逆止弁64が起動時に閉じられている理由と引用例3の1記載の発明の弁手段18が起動時に開かれている理由とは全く異なるため、両者を置き換えることが当業者において容易に想到できたものと認めることはできないことは前記(3)のとおりである。のみならず、引用例1にも引用例3の1にも、引用例1記載の考案において上記の問題点が生じることを開示ないし示唆する記載があるものとは認められないから、上記問題点、すなわち、技術的課題が当然に認識されていることを前提とする原告の主張は、この点でも失当である。かえって、甲第5号証によれば、引用例1には、「時間の経過につれて、吐出室28および吐出側連通路29内の圧力が増大され、その圧力が調整弁60の初期解放圧力に達すると、・・・調整弁60の・・・弁61を開き、・・・逆止弁64は閉塞され、・・・補助連通路63を遮断する。」(8欄26行ないし36行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、引用例1記載の考案においては、補助連通路64は、ある時期からは閉じられていることが認められるから、引用例1から上記問題点が容易に認識されるものとは認められないものである。

7  取消事由2(3)について

(1)  甲第6号証(引用例2)によれば、引用例2には、スロット80に関して、「真空逃がしスロットの延長部がベーン下部空間に対して、油供給ポートに相互連結されないようになす如く連通している。ベーンが押入れられる位相の間ベーン下部空間の流体は真空逃がしスロットを通って吸引空所に推進されて戻される。」(6頁左下欄5行ないし9行)、「第2及び8図に最もよく示される如く、・・・浅いチャンネル即ちスロット80がある。このスロットはベーン下部空間内の真空を逃がし即ち解放する半径方向に伸長する部分92を有し、ベーンが起動状態で正しく外方に伸長出来るのを確実になす。」(7頁左下欄11行ないし右下欄2行)、「第1、2及び8図に示される如く、・・・浅い大体L字形のスロット80がある。・・・このスロットの1つの目的はベーン下部空間内の真空を逃がし即ち解放してベーンが起動状態で正しく外方に伸長するのを確実になすことである。・・・第2の部分92は・・・ローターの縁を超えて圧縮空所26の吸引区域内に伸長している。」(8頁右下欄12行ないし9頁左上欄9行)との記載が、ポート68に関して「ポート68は以下に述べる如く広い範囲の作動条件に於て予め定められた量の潤滑油が溜め部58内の油70の表面に働く排出ガスの圧力によって夫々のベーンの下部空間35に供給されるように配置され・・・ローターがポート68の遠い方の端部を超えて移動する際に油はベーン35内に捕捉される。・・・ベーン下部空間に捕捉された潤滑油の逃げ道はベーン及びベーン・スロットの全面及び後面の間の間隙及びローター20の端面20a、20b及び前部及び後部端板16.18の間の間隙だけである。勿論これらの間隙は小さく、・・・ベーンによって油がベーン下部空間から押出される際に油に対して抵抗の大なる流路を与える。この大なる抵抗はベーンに対する圧力を維持させてベーン先端縁84aを円筒状壁部14に対して緊密に係合状態に保つ。」(7頁右上欄5行ないし左下欄10行)、「第3図に於て矢印の方向に動くベーン下部空間35は丁度ポート68に近接しつつある。・・・このベーン下部空間はこの時点で実質的に油又はその他の流体がない。何故ならば吸引区域を通って回転する位相の間にはベーンを外方に押すことは必要でなく又望ましくもないからである。第4図にてベーン下部空間35は丁度ポート68と連通するように通過し、これにより油をベーン下部空間内に導入し完全にこれを満たす。」(7頁右下欄13行ないし8頁左上欄7行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、引用例2記載の発明において、スロット80は、ベーンに背圧を付与するような空間ではなく、ベーン下部空間の流体を圧縮空所の吸引区域に戻し、ベーン下部空間から実質的に油又はその他の流体をなくさせてベーンの背圧を失わせるようにするものであり、ベーンに背圧を付与しているのはポート68であるものと認められる。

したがって、審決の相違点<1>の認定に誤りはないものというべきである。

(2)  上記(1)の認定に係る引用例2の記載によれば、第2の部分92は、シリンダ室の吸引区域内とスロット80とを連通していることが認められるから、審決の相違点<2>の認定に誤りはないものというべきである。原告は、審決が「低圧圧力区域に解放される」の誤記と認定した引用例2の「高圧圧力区域に解放される」の記載に基づいて、ローター20の端面20a、20b、前部及び後部端板16、18の間の間隙を「連通」であると主張するものとも解される。しかし、甲第6号証には、上記記載に関して、「このようにしてさもなければ発生される恐れのある真空が瞬間的に逃がされ」との記載があることが認められるところ、前記(1)の認定に係る引用例2の記載によれば、これらの間隙は、もちろん小さく、油が流れるのに大きな抵抗のあるものであるから、このような間隙から「真空が瞬間的に逃がされ」るものとは解しがたい。したがって、上記誤記に関する審決の認定は正当であって、原告の主張は採用することができない。

(3)  そして、引用例3の1にも、上記相違点<1>、<2>に係る構成が存在するものとは認められないから、引用例2記載の発明と引用例3の1記載の発明から本件発明を容易に想到することができたとは認められない。

8  他に引用例1記載の考案、引用例2、3の1及び3の2記載の発明を総合しても、本件発明を容易に想到することができたと認めるに足りる証拠はない。

第4  以上のとおりであるから、審決には、原告主張の違法はなく、その取消を求める原告の本訴請求は、理由がないものというべきである。よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日・平成11年6月10日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

別紙図面1

<省略>

図面の簡単な説明

第1図は本発明圧縮機の一実施例を示す断面図で、第2図のⅠ-Ⅰ矢視断面に沿う形状を示す。第2図は第1図のⅡ-Ⅱ矢視断面図、第3図は第2図のⅢ-Ⅲ矢視正面図、第4図は第2図の連通孔部分を拡大して示す断面図、第5図ないし第9図はそれぞれ本発明圧縮機の他の例の要部を示す断面図である。

1……ハウジング、2……ロータ、2a……ベーン溝、4……ベーン、6、7……ハウジング側板、7b、7c……オイル溝、7e……連通孔、14、16……側部ハウジング。

<省略>

別紙図面2

<省略>

別紙図面3

<省略>

別紙図面4

<省略>

別紙図面5

<省略>

理由

Ⅰ. 本件特許発明

本件特許第1746613号発明(以下「本件特許発明」という。)は、昭和55年1月31日に特願昭55-11289号として特許出願され、平成1年11月7日に特公平1-51913号として出願公告され、平成5年3月25日に特許の設定の登録がされたものであって、その要旨は、明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された以下のとおりのものと認める。

「(a)筒状のハウジングと、

(b)このハウジング内に回転自在に配設されたロータと、

(c)このロータの端部に所定の微小間隙を介して配設されたハウジング側板と、

(d)前記ロータに形成されたベーン溝内に摺動自在に保持された複数のベーンとを備え、

(e)前記ハウジング、ハウジング側板、ロータ、およびベーンによって形成されるシリンダ室の容積変動によって潤滑油を含む気冷媒の圧縮を行う回転圧縮機において、

(f)前記ハウジング側板の前記シリンダ室側の面であって少なくとも前記シリンダ室が容積増加する位置における前記ベーン溝底部と対向する部位に背圧空間を設けて、

(g)この背圧空間内に潤滑油を含む所定圧の流体を保持し、

(h)この潤滑油を含む所定圧の流体により前記ベーンを前記ベーン溝底部より前記ハウジング側に押圧付勢し、

(i)かつ前記背圧空間を形成したハウジング側板の外方に高圧気冷媒通路をなす側部ハウジングを配設し、

(j)更にこの側部ハウジングの前記高圧冷媒通路と前記背圧空間とを連通する連通手段を設け、

(k)この連通手段内には、前記側部ハウジング内圧力と前記背圧空間内圧力との差圧が所定圧以下の時連通手段を開き、前記側部ハウジング内圧力が前記背圧空間内圧力より所定圧以上高い時には連通手段を閉じる弁が配設されていることを特徴とする回転圧縮機。」

Ⅱ. 請求人の主張

これに対して、請求人が主張する本件特許の無効理由は、要約すると以下のとおりである。

理由1:

特許請求の範囲の

(1)(f)項における「少なくとも」とは、区域の拡大か、位置の数の増大か不明である。

(2)(g)項における「この背圧空間内に潤滑油を含む所定圧の流体を保持し、」の所定圧は、上記のように(f)項において位置の数の増大、即ち複数の背圧空間の場合、どのような大きさのものであるか不明である。

(3)(g)項における「この背圧空間内に潤滑油を含む所定圧の流体を保持し、」及び(h)項における「この潤滑油を含む所定圧の流体により前記ベーンを前記ベーン溝底部より前記ハウジング側に押圧付勢し、」というのは、単に作用を記載したに過ぎず、その作用をもたらす構成要素は、何であるか理解し難い。

又、(i)項において「かつ」とあるが、どの項とどの項とが並列されているのか不明である。単に文章構成上からすると、(j)項の「更に」は、所謂「並びに」に該当し、(i)項の「かつ」は、それに対する所謂「及び」に該当することになる(即ち、(g)項、(h)項及び(i)項が一括りとなる)。

(4)(j)項における「前記背圧空間」が既述のように(f)項において複数の背圧空間の場合、連通手段がどのようになっているのか、複数の背圧空間において差圧に関する所定圧は(g)項における所定圧とどのような関係にあるのか、実施例との関連において不明である。

上記のように特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしておらず、それに関連して発明の詳細な説明の記載は、同条第3項に規定する要件を満たしていないので、本件特許は、特許法第123条第1項第3号に該当し、無効とすべきである。

理由2:

本件特許発明は、本件特許の特許出願前に頒布された刊行物である

甲第1号証(実公昭54-33604号公報)

甲第2号証(特開昭51-133811号公報)

甲第3号証の1(英国特許第2006341A号公開公報)

甲第3号証の2(スエーデン国特許第358215号公開公報)

甲第3号証の3(スエーデン国特許第369097号公開公報)

甲第4号証(実願昭52-81541号(実開昭54-8110号)のマイクロフィルム)

甲第5号証(実願昭52-56432号(実開昭53-150518号)のマイクロフィルム)

甲第6号証(実開昭52-22206号公報)

甲第7号証(実開昭52-22208号公報)

に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるので、本件特許は、特許法第123条第1項第1号に該当し、無効とすべきである。

Ⅲ. 当審の判断

1. そこで、先ず理由1について検討する。

(1)(f)項における「少なくとも」によって、本件特許発明は、「背圧空間」を他の部位はともかくとしても最小限「前記シリンダ室が容積増加する位置における前記ベーン溝底部と対向する部位」をカバーするように設けることをその構成に欠くことができない事項としているのであって、このこと自体内容的に不明な点はない。

また、本件特許発明では、背圧空間を設けることに関して上記以外のことについては何等言及していないのであるから、「『少なくとも』とは、区域の拡大か、位置の数の増大か不明である」と問うこと自体失当であるといわざるを得ない。

(2)(g)項における「この背圧空間」とは、上記(1)で述べた如く「前記シリンダ室が容積増加する位置における前記ベーン溝底部と対向する部位」をカバーするように設けられた「背圧空間」を指しており、この背圧空間内に保持される流体が「所定圧」を有することは明らかであって、「所定圧」に関しても格別不明の点はない。

複数の背圧空間の場合を前提として所定圧は「どのような大きさのものであるか不明である」と問うことは上記(1)と同様当を得ないものである(3)(g)項及び(h)項は、文章表現的には、それぞれ本件特許発明の構成要件の一つを表わすものとして記載されているが、意味的には、(h)項は(g)項の「潤滑油を含む所定圧の流体」を、また、(g)項は(f)項の「背圧空間」をそれぞれ限定するものであって、(f)項、(g)項及び(h)項は一括して「前記ハウジング側板の前記シリンダ室側の面であって少なくとも前記シリンダ室が容積増加する位置における前記ベーン溝底部と対向する部位に前記ベーンを前記ベーン溝底部より前記ハウジング側に押圧付勢する潤滑油を含む所定圧の流体を保持する背圧空間を設け、」を意味するものと認められる。また、ベーン型の回転圧縮機において背圧空間を上記のように設けることは、例えば、理由2において挙げられている甲第1号証、甲第6号証または甲第7号証に示されているように従来周知である。したがって、(g)項及び(h)項は、作用的に記載されているが本件特許発明の構成要件と認めることができる。

また、上記のとおりであるので、(i)項において「かつ」とあるからといって(g)項、(h)項及び(i)項を一括りとして解釈しなければならないことはない。

(4)(j)項における「前記背圧空間」とは、上記(1)及び(2)で述べた如く「前記シリンダ室が容積増加する位置における前記ベーン溝底部と対向する部位」をカバーするように設けられた「背圧空間」を指しており、「連通手段」はこの「背圧空間」に連通するものであることは明らかである。

上記(2)と同様、複数の背圧空間の場合を前提として「連通手段がどのようになっているのか」及び「差圧に関する所定圧は(g)項における所定圧とどのような関係にあるのか、実施例との関連において不明である」と問うことは当を得ないものである。

したがって、本件特許明細書の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしておらず、それに関連して発明の詳細な説明の記載は、同条第3項に規定する要件を満たしていないとする請求人の主張は採用できない。

2.次に、理由2について検討する。

(1)甲各号証の記載内容

請求人の提出した甲第1号証乃至甲第7号証にはそれぞれ以下の発明乃至技術的事項が記載されていると認められる。

甲第1号証:

(a)シリンダ孔23が形成された筒状シリンダ本体20と、

(b)この筒状シリンダ本体20のシリンダ孔23内に回転自在に配設されたロータ13と、

(c)このロータ13の両端面13b、13cに所定の微小間隙を介して配設された前方端板21及び後方端板22と、

(d)前記ロータ13に形成されたスリット40内に摺動可能に挿入された4枚のベーン15とを備え、

(e)前記筒状シリンダ本体20、前方端板21及び後方端板22、ロータ13、およびベーン15によって形成される作業室16の容積変動によって潤滑油を含む気冷媒の圧縮を行うベーン型冷媒圧縮機において、

(f)前記前方端板21及び後方端板22の前記作業室16室側の内側面21a、22aであって前記スリット40の底部のスリット油室41と対向する部位に油溜り室34、35を形成する環状溝32、33を刻設して、

(g)この油溜り室34、35内に潤滑油を含む所定圧の流体を保持し、

(h)この潤滑油を含む所定圧の流体により前記ベーン15を前記スリット油室41より前記筒状シリンダ本体20のシリンダ孔23の内周面24に押圧付勢し、

(i)かつ前記油溜り室35を形成した後方端板22の外方に高圧の吐出側冷媒室56を構成する後方蓋44を配設し、

(j)更にこの後方蓋44の前記吐出側冷媒室56と前記油溜り室35とを連通する連通手段である補助連通路63及び吐出側連通路29を設け、

(k)この連通手段の補助連通路63内には、偏倚ばね69により常閉とされ、圧縮機起動時に吐出室28の圧力が増大し所定の初期開放圧力になると開放され、前記油溜り室35内の圧力が増大し偏倚ばね69のばね力との和が吐出圧力を越すと閉じる逆止弁64が配設されているベーン型冷媒圧縮機。

甲第2号証:

(a)円筒形の壁部14を形成する孔を有するシリンダー・ブロック12と、

(b)このシリンダー・ブロック12の円筒形の壁部14内に回転自在に配設されたローター20と、

(c)このローター20の端部に所定の微小間隙を介して配設された前部端板16及び後部端板18と、

(d)前記ローター20に形成されたベーン・スロット30内に摺動自在に保持された4枚のベーン34とを備え、

(e)前記シリンダー・ブロック12の円筒形の壁部14、前部端板16及び後部端板18、ローター20、およびベーン34によって形成される圧縮空所26の容積変動によって潤滑油を含む気冷媒の圧縮を行うロータリー・コンプレッサーにおいて、

(f)前記前部端板16及び後部端板18の前記圧縮空所26側の面であって圧縮空所26の容積が増加する位置における前記ベーン・スロット30の底部と対向する部位に略L字形のスロット80の円弧状通路90を設け、

(i)かつ前記スロット80を形成した後部端板18の外方に排出ガス室57をなすハウジング56を配設し、

(j)更に、前記ベーン34の下部空間内の真空を逃がし即ち解放しベーン34が起動状態で正しく外方に伸長出来るのを確実になすために、前記スロット80は、その円弧状通路90の一端から半径方向に伸長して前記圧縮空所26の吸引区域に達する部分92を備えているロータリー・コンブレッサー。

なお、公報の第6頁右上欄第9~15行には「本発明はベーン下部空間が吸引サイクルの最初の位相位置を通される際に高圧圧力区域に解放される如くなすことを提案するものである。このようにしてさもなければ発生される恐れのある真空が瞬間的に逃がされ、従ってベーンが円筒状壁部に対して自由に外方に動くことが可能となるのである。」と記載されている。

しかしながら、そのための具体的構成については公報に何等記載されておらず、また、ベーンの下部空間内の真空を逃がすために、ベーン下部空間を高圧圧力区域に連通させることは、公報の上記箇所に記載されているだけであって、ベーンの下部空間内の真空を逃がし即ち解放しベーンが起動状態で外方に伸長出来るようにするための具体的構成として公報に記載されているのは、スロット80の円弧状通路90を圧縮空所26の吸引区域、即ち、低圧圧力区域に連通させるものだけである。また、公報の第7頁右下欄第13行~第8頁左上欄第5行には「第3図に於て矢印の方向に動くベーン下部空間35は丁度ポート68に近接しつつある。従来技術の配置とは対象的にこのベーン下部空間はこの時点で実質的に油又はその他の流体がない。何故ならば吸引区域を通って回転する位相の間にはベーンを外方に押すことは必要でなく又望ましくもないからである。」と記載されており、このことは、「ベーン下部空間が吸引サイクルの最初の位相位置を通される際に高圧圧力区域に解放される如くなすこと」、即ち、吸引区域を通って回転する位相の間にベーン下部空間に流体が存在することと整合しない。

これらのことからみて、前記「・・高圧圧力区域に解放される・・」は、「・・低圧圧力区域に解放される・・」の誤記とみるのが相当である。

甲第3号証の1:

(a)円筒形の室を有す筒状のハウジングと、

(b)このハウジング内に回転自在に配設されたロータ5と、

(c)このロータ5の端部に所定の微小間隙を介して配設された上部ハウジング側板及び下部ハウジング部3と、

(d)前記ロータ5に形成されたベーン溝内に摺動自在に保持されたベーンとを備え、

(e)前記筒状のハウジング、上部ハウジング側板及び下部ハウジング部3、ロータ5、およびベーンによって形成される作業室の容積変動によって潤滑油を含む作動媒体の圧縮を行う圧縮機ユニット2を有すスライディングベーン型圧縮機において、

(f)前記下部ハウジング部3の上側部分の前記作業室側の端面に定期的に前記ベーン溝底部と接続するようにリリース溝14を設けて、

(g)このリリース溝14内に圧縮機の静止中に潤滑油及び凝縮液を蓄積し、

(i)かつ前記リリース溝14を形成した下部ハウジング部3の下方に圧縮機の高圧側と連通した潤滑油槽6を形成し、

(j)更にこの下部ハウジング部3には、圧縮機の静止中にリリース溝14に蓄積される潤滑油及び凝縮液を潤滑油槽6に排出するために、当該潤滑油槽6と前記リリース溝14とを連通する排液導管15、16を設け、

(k)この排液導管15、16内には、圧縮機の運転中において圧縮機の高圧側と連通した潤滑油槽6とリリース溝14とが連通することによる圧縮機の効率の低下を防止するため、前記潤滑油槽6内の圧力と前記リリース溝14内の圧力との差圧が所定圧以下の時排液導管15、16を開き、前記潤滑油槽6内の圧力が前記リリース溝14内の圧力より所定圧以上高い時には排液導管15、16を閉じる弁18が配設されているスライディングベーン型圧縮機。

及び

甲第3号証の3に示される圧縮機は、その静止中、液体が集まる空間が存在する圧縮機であり、そのため、甲第3号証の2に示される、所謂リリース溝が、機能的見地から必要とされること、また、前記圧縮機ユニット2は、甲第3号証の2に記述されるリリース溝14を備えていること。

甲第3号証の2:

(a)円筒形の室を有すステータ2と、

(b)このステータ2内に回転自在に配設されたロータ1と、

(c)このロータ1の端部に所定の微小間隙を介して配設されたステータ端部材7、8と、

(d)前記ロータ1に形成された軸方向溝3内に摺動自在に保持された4枚のベーン4とを備え、

(e)前記ステータ2、ステータ端部材7、8、ロータ1、およびベーン4によって形成されるステータの内部空間の容積変動によって潤滑油を含む作動媒体の圧縮を行うベーン型回転機械において、ベーン4に作用する力を一様化するために、

(f)前記ステータ端部材7、8の前記ステータの内部空間側の面であってロータ軸の回りの前記軸方向溝3の底部と対向する部位にその内部に閉止片9、10、17を嵌入して小室11、12、16に分割区画したバランス溝5、6を設けて、

(g)このバランス溝5、6内に潤滑油を含む所定圧の流体を保持し、

(h)この潤滑油を含む所定圧の流体により前記ベーン4を前記軸方向溝3の底部より前記ステータ2側に押圧付勢し、

(i)かつ前記バランス溝5、6を形成したステータ端部材7、8の外方を機械の高圧側となし、

(j)更にこの機械の高圧側と前記バランス溝5、6の小室のうちロータ1とステータ2内面との最接近点を基準として回転の第一四半部に略相当するように区画された小室11とを連通する通路13を設けたベーン型回転機械。

甲第3号証の3:

(a)円筒形の室を有すステータと、

(b)このステータ内に回転自在に配設されたロータと、

(c)このロータの端部に所定の微小間隙を介して配設された上部端部材10を構成する軸受ブラケット6及び下部端部材として働くスタンド1とを備えた回転型コンプレッサ。

甲第4号証:

(a)筒状のシリンダブロック2と、

(b)このシリシダブロック2内に回転自在に配設されたロータ1と、

(c)このロータ1の端部に所定の微小間隙を介して配設されたフロントカバーブロック5及びリアカバーブロック6と、

(d)前記ロータ1に形成されたベーンスリット2323’内に摺動自在に保持された2枚のベーン3、3’とを備え、

(e)前記シリンダブロック2、フロントカバーブロック5及びリァカバーブロック6、ロータ1、およびベーン3、3’によって形成される圧縮室の容積変動によって気冷媒の圧縮を行うベーンタイブ圧縮機において、吐出冷媒の高圧圧力をベーンスリット23、23’の底部に印可してベーン3、3’をシリンダブロック2内面に接触させるために、

(f)前記フロントカバーブロック5及びリアカバーブロック6の前記圧縮室側の面であって前記ベーンスリット23、23’の底部と対向する部位に円筒溝22を設けて、

(g)この円筒溝22内に所定圧の気冷媒を保持し、(h)この所定圧の気冷媒により前記ベーン3、3’を前記ベーンスリット23、23’の底部より前記シリンダブロック2側に押圧付勢し、

(i)かつ前記円筒溝22を形成したリアカバーブロック6の外方に高圧気冷媒通路をなすリアカバー7を配設し、

(j)更にこのリアカバー7の前記高圧冷媒通路と連通する吐出冷媒空間12と吐出弁15を介して更に連通するシリンダ吐出口14付近の空間と前記円筒溝22とを連通する通路20、21を設けたベーンタイブ圧縮機。

及び

前記円筒溝22と連通する導入口として前記リアカバー7の前記高圧冷媒通路と連通する吐出冷媒空間12も考えられること。

甲第5号証:

(a)筒状のシリンダ1と、

(b)このシリンダ1内に回転自在に配設されたロータ2と、

(c)このロータ2の端部に所定の微小間隙を介して配設されたフロント側壁5及びリア側壁6と、(d)前記ロータ2に形成されたベーンスリット3内に摺動自在に保持された4枚のベーン4とを備え、

(e)前記シリンダ1、フロント側壁5及びリア側壁6、ロータ2、およびベーン4によって形成される吸入圧縮室15の容積変動によって気冷媒の圧縮を行うベーンタイプ冷媒圧縮機において、高圧冷媒圧力をベーンスリット3の底部に印可してベーン4をシリンダ1内面に接触させるために、

(f)前記フロント側壁5の前記吸入圧縮室15側の面であって前記ベーンスリット3の底部と対向す部位に環状の溝22を設けて、

(g)この環状の溝22内に所定圧の気冷媒を保持し、(h)この所定圧の気冷媒により前記ベーン4を前記ベーンスリット3の底部より前記シリンダ1側に押圧付勢し、

(i)かつ前記環状の溝22を形成したフロント側壁5の外方に低圧冷媒室8と高圧冷媒蓄圧室9とを形成するフロントカバー7を配設すると共に前記リア側壁6の外方に高圧冷媒室11を形成するリアカバー10を配設し、

(j)更にこのリアカバー10の前記高圧冷媒室11とベーンスリット3の底部とを断続する高圧冷媒導通路21を含む通路手段を設けると共にフロントカバー7の前記高圧冷媒蓄圧室9と前記環状の溝22とを連通する導通路23を設けたベーンタイプ冷媒圧縮機。

甲第6号証及び甲第7号証:

(a)筒状のシリンダ12と、

(b)このシリンダ12内に回転自在に配設されたロータ13と、

(c)このロータ13の端部に所定の微小間隙を介して配設されたハウジング側板と、

(d)前記ロータ13に形成されたベーン溝内に摺動自在に保持された4枚のベーン15とを備え、

(e)前記シリンダ12、ハウジング側板、ロータ13、およびベーン15によって形成されるシリンダ室の容積変動によって潤滑油を含む作動媒体の圧縮を行うベーン型圧縮機において、

(f)前記ハウジング側板の前記シリンダ室側の面であって前記ベーン溝底部と対向する部位に環状の背圧空間を設けて、

(g)この背圧空間内に潤滑油を含む所定圧の流体を保持し、

(h)この潤滑油を含む所定圧の流体により前記ベーン15を前記ベーン溝底部より前記シリンダ12側に押圧付勢し、

(i)かつ前記背圧空間を形成したハウジング側板の外方に高圧気冷媒通路をなす側部ハウジングを配設したベーン型圧縮機。

(2)対比

そこで、先ず本件特許発明と甲第1号証に記載された発明とを対比すると、甲第1号証に記載された発明の「シリンダ孔23が形成された箱状シリンダ本体20」、「前方端板21及び後方端板22」、「スリット40」、「作業室16」、「油溜り室34、35を形成する環状溝32、33」、「吐出側冷媒室56」、「後方蓋44」及び「補助連通路63及び吐出側連通路29は」、それぞれ本件特許発明の「筒状のハウジング」、「ハウジング側板」、「ベーン溝」、「シリンダ室」、「背圧空間」、「高圧気冷媒通路」、「側部ハウジング」及び「連通手段」に相当する。また、甲第1号証に記載された発明の「逆止弁64」は、連通手段内に配設され連通手段を開閉する弁であるという限りにおいて本件特許発明の「弁」と共通している。更に、甲第1号証に記載された発明は「ベーン型冷媒圧縮機」と表現されているが、本件特許発明の如く「回転圧縮機」としても表現できることは明らかである。

したがって、本件特許発明と甲第1号証に記載された発明とは、連通手段内に配設され連通手段を開閉する弁が、本件特許発明では、前記側部ハウジング内圧力と前記背圧空間内圧力との差圧が所定圧以下の時連通手段を開き、前記側部ハウジング内圧力が前記背圧空間内圧力より所定圧以上高い時には連通手段を閉じる弁であるのに対して、甲第1号証に記載された発明では、偏倚ばねにより常閉とされ、圧縮機起動時に吐出室の圧力が増大し所定の初期開放圧力になると開放され、前記背圧空間内の圧力が増大し偏倚ばねのばね力との和が吐出圧力を越すと閉じる逆止弁である点で相違し、自余の点で一致している。

次に、本件特許発明と甲第2号証に記載された発明とを対比すると、甲第2号証に記載された発明の「円筒形の壁部14を形成する孔を有するシリンダー・ブロック12」、「ローター20」、「前部端板16及び後部端板18」、「ベーン・スロット30」、「圧縮空所26」、「排出ガス室57」及び「ハウジング56」は、それぞれ本件特許発明の「筒状のハウジング」、「ロータ」、「ハウジング側板」、「ベーン溝」、「シリンダ室」、「高圧気冷媒通路」及び「側部ハウジング」に相当する。また、甲第2号証に記載された発明の「スロット80」は、ハウジング側板の前記シリンダ室側の面であって前記シリンダ室が容積増加する位置における前記ベーン溝底部と対向する部位に設けられた空間であるという限りにおいて本件特許発明の「背圧空間」と共通している。また、甲第2号証に記載された発明のシリンダ室の吸引区域に達する「部分92」は、前記空間を圧縮機の他の箇所に連通する手段であるという限りにおいて本件特許発明の「連通手段」と共通している。更に、甲第2号証に記載された発明は「ロータリー・コンプレッサー」と表現されているが、本件特許発明の如く「回転圧縮機」としても表現できることは明らかである。

したがって、本件特許発明と甲第2号証に記載された発明とは、

<1>ハウジング側板の前記シリンダ室側の面であって少なくとも前記シリンダ室が容積増加する位置における前記ベーン溝底部と対向する部位に設けられた空間が、本件特許発明では、ベーンをベーン溝底部よりハウジング側に押圧付勢する潤滑油を含む所定圧の流体を保持する背圧空間であるのに対して、甲第2号証に記載された発明では、ベーンに背圧を付与するような空間ではないスロットである点、

<2>連通手段が、本件発明では、高圧気冷媒通路と背圧空間とを連通しているのに対して、甲第2号証に記載された発明では、シリンダ室の吸引区域とスロットとを連通している点、

<3>本件特許発明は構成要件(k)を備えているのに対して、甲第2号証に記載された発明は備えていない点で相違し、自余の点で一致している。

次に、本件特許発明と甲第3号証の1に記載された発明とを対比すると、甲第3号証の1に記載された発明の「作業室」は、本件特許発明の「シリンダ室」に相当し、また、甲第3号証の1に記載された発明の「下部ハウジング部3」は、本件特許発明の「ハウジング側板」の一方及び「側部ハウジング」を兼ねている。また、甲第3号証の1に記載された発明の「リリース溝14」は、ハウジング側板のシリンダ室側の面であってベーン溝底部と対向する部位に設けられた空間であるという限りにおいて、「高圧側と連通した潤滑油槽6」は、高圧作動媒体の存在する空間であるという限りにおいて、「排液導管15、16」は、前記両空間を連通する手段であるという限りにおいて、それぞれ本件特許発明の「背圧空間」、「高圧気冷媒通路」、「連通手段」と共通している。更に、甲第3号証の1に記載された発明は「スライディングベーン型圧縮機」と表現されているが、本件特許発明の如く「回転圧縮機」としても表現できることは明らかである。

したがって、本件特許発明と甲第3号証の1に記載された発明とほ、

(a)筒状のハウジングと、

(b)このハウジング内に回転自在に配設されたロータと、

(c)このロータの端部に所定の微小間隙を介して配設されたハウジング側板と、

(d)前記ロータに形成されたベーン溝内に摺動自在に保持された複数のベーンとを備え、

(e)前記ハウジング、ハウジング側板、ロータ、およびベーンによって形成されるシリンダ室の容積変動によって潤滑油を含む作動媒体の圧縮を行う回転圧縮機において、

(f)前記ハウジング側板の前記シリンダ室側の面であって前記ベーン溝底部と対向する部位に空間を設けて、

(g)この空間内に潤滑油を含む所定圧の流体を保持し、

(i)かつ前記空間を形成したハウジング側板の外方に高圧作動媒体の存在する空間をなす側部ハウジングを配設し、

(j)更にこの側部ハウジングの前記高圧作動媒体の存在する空間と前記ハウジング側板の前記シリンダ室側の面であって前記ベーン溝底部と対向する部位に設けられた空間とを連通する連通手段を設け、

(k)この連通手段内には、前記側部ハウジング内圧力と前記ハウジング側板の前記シリンダ室側の面であって前記ベーン溝底部と対向する部位に設けられた空間内圧力との差圧が所定圧以下の時連通手段を開き、前記側部ハウジング内圧力が前記空間内圧力より所定圧以上高い時には連通手段を閉じる弁が配設されている回転圧縮機。

である点で一致し、

<1>作動媒体が、本件特許発明では、気冷媒であるのに対して、甲第3号証の1に記載された発明では、どのようなものであるか明らかでない点、

<2>本件特許発明では、ハウジング側板の前記シリンダ室側の面であって前記ベーン溝底部と対向する部位に設けられた空間(第1の空間)が少なくともシリンダ室が容積増加する位置に設けられベーンをベーン溝底部よりハウジング側に押圧付勢する潤滑油を含む所定圧の流体を保持する背圧空間であり、また、高圧作動媒体の存在する空間(第2の空間)が高圧気冷媒通路であって、この高圧気冷媒通路と背圧空間とを連通手段で連通しているのに対して、甲第3号証の1に記載された発明では、第1の空間は、シリンダ室に対してどのように設けられているのか明らかでない圧縮機の静止中に潤滑油及び凝縮液を蓄積するリリース溝であり、第2の空間は、高圧側と連通した潤滑油槽であって、この潤滑油槽とリリース溝とを排液導管で連通している点で相違している。

次に、本件特許発明と甲第3号証の2に記載された発明とを対比すると、甲第3号証の2に記載された発明の「円筒形の室を有すステータ2」、「ステータ端部材7、8」、「軸方向溝3」、「ステータの内部空間」及び「バランス溝5、6」は、それぞれ本件特許発明の「筒状のハウジング」、「ハウジング側板」、「ベーン溝」、「シリンダ室」及び「背圧空間」に相当する。また、甲第3号証の2に記載された発明の「機械の高圧側」は、高圧作動媒体の存在する空間であるという限りにおいて、本件特許発明の「高圧気冷媒通路」と共通している。更に、甲第3号証の2に記載された発明ば「ベーン型回転機械」と表現されているが、本件特許発明の如く「回転圧縮機」としても表現できることは明らかである。

したがって、本件特許発明と甲第3号証の2に記載された発明とは、

<1>作動媒体が、本件特許発明では、気冷媒であるのに対して、甲第3号証の2に記載された発明では、どのようなものであるか明らかでない点、

<2>本件特許発明では、高圧作動媒体の存在する空間が、ハウジング側板と側部ハウジングとで形成される高圧気冷媒通路であり、また、この高圧気冷媒通路と連通する背圧空間は、少なくともシリンダ室が容積増加する位置に設けられているのに対して、甲第3号証の2に記載された発明では、高圧作動媒体の存在する空間が、単に機械の高圧側というだけでどのようにして形成されているのか明らかでなく、また、この機械の高圧側と連通する背圧空間としての小室は、シリンダ室に対してロータとの最接近点を規準として回転の第一四半部に略相当する位置、即ち、シリンダ室が容積増加する途中の位置に設けられているにすぎず、シリンダ室が容積増加する位置を全てカバーするようには設けられていない点、

<3>本件特許発明は構成要件(k)を備えているのに対して、甲第3号証の2に記載された発明は備えていない点で相違し、自余の点で一致している。

次に、本件特許発明と甲第3号証の3に記載された発明とを対比すると、甲第3号証の3に記載された発明の「円筒形の室を有すステータ」及び「上部端部材10」は、それぞれ本件特許発明の「筒状のハウジング」及び「ハウジング側板」の一方に相当し、甲第3号証の3に記載された発明の「下部端部材として働くスタンド1」は、本件特許発明の「ハウジング側板」の他方を兼ねている。また、甲第3号証の3に記載された発明は

「回転型コンプレッサ」と表現されているが、本件特許発明の如く「回転圧縮機」としても表現できることは明らかである。

したがって、本件特許発明と甲第3号証の3に記載された発明とは、

(a)筒状のハウジングと、

(b)このハウジング内に回転自在に配設されたロータと、

(c)このロータの端部に所定の微小間隙を介して配設されたハウジング側板とを備えた回転圧縮機。であるという点においてのみ一致している。

次に、本件特許発明と甲第4号証に記載された発明とを対比すると、甲第4号証に記載された発明の「シリンダブロック2」、「フロントカバーブロック5及びリアカバーブロック6」、「ベーンスリット23、23’」、「圧縮室」、「円筒溝22」及び「リアカバー7」は、それぞれ本件特許発明の「ハウジング」、「ハウジング側板」、「ベーン溝」、「シリンダ室」、「背圧空間」及び「側部ハウジング」に相当する。また、甲第4号証に記載された発明の「吐出冷媒空間12またはシリンダ吐出口14付近の空間」は、高圧気冷媒の存在する空間であるという限りにおいて、本件特許発明の「高圧気冷媒通路」と共通している。

更に、甲第4号証に記載された発明は「ベーンタイプ圧縮機」と表現されているが、本件特許発明の如く「回転圧縮機」としても表現できることは明らかである。

したがって、本件特許発明と甲第4号証に記載された発明とは、

(a)筒状のハウジングと、

(b)このハウジング内に回転自在に配設されたロータと、

(c)このロータの端部に所定の微小間隙を介して配設されたハウジング側板と、

(d)前記ロータに形成されたベーン溝内に摺動自在に保持された複数のベーンとを備え、

(e)前記ハウジング、ハウジング側板、ロータ、およびベーンによって形成されるシリンダ室の容積変動によって気冷媒の圧縮を行う回転圧縮機において、

(f)前記ハウジング側板の前記シリンダ室側の面であって少なくとも前記シリンダ室が容積増加する位置における前記ベーン溝底部と対向する部位に背圧空間を設けて、

(g)この背圧空間内に所定圧の流体を保持し、

(h)この所定圧の流体により前記ベーンを前記ベーン溝底部より前記ハウジング側に押圧付勢し、

(i)かつ前記背圧空間を形成したハウジング側板の外方に高圧気冷媒通路をなす側部ハウジングを配設し、

(j)更に高圧気冷媒の存在する空間と前記背圧空間とを連通する連通手段を設けた回転圧縮機。

である点で一致し、

<1>圧縮機により圧縮される流体及び背圧空間内に保持される所定圧の流体が、本件特許発明では、潤滑油を含む気冷媒及び潤滑油を含む流体であるのに対して、甲第4号証に記載された発明では、

気冷媒である点、

<2>高圧気冷媒の存在する空間が、本件特許発明では、高圧気冷媒通路であるのに対して、甲第4号証に記載された発明では、高圧冷媒通路と連通する吐出冷媒空間またはこの吐出冷媒空間に更に連通するシリンダ吐出口付近の空間である点、

<3>本件特許発明は構成要件(k)を備えているのに対して、甲第4号証に記載された発明は備えていない点で相違している。

次に、本件特許発明と甲第5号証に記載された発明とを対比すると、甲第5号証に記載された発明の「シリンダ1」、「フロント側壁5及びリア側壁6」、「ベーンスリット3」、「吸入圧縮室15」、「環状の溝22」及び「フロントカバー7及びリアカバー10」は、それぞれ本件特許発明の「ハウジング」、「ハウジング側板」、「ベーン溝」、「シリンダ室」、「背圧空間」及び「側部ハウジング」に相当する。また、甲第5号証に記載された発明の「高圧冷媒蓄圧室9」は、高圧気冷媒の存在する空間であるという限りにおいて、本件特許発明の「高圧気冷媒通路」と共通している。更に、甲第5号証に記載された発明は「ベーンタイプ冷媒圧縮機」と表現されているが、本件特許発明の如く「回転圧縮機」としても表現できることは明らかである。

したがって、本件特許発明と甲第5号証に記載された発明とは、

(a)筒状のハウジングと、

(b)このハウジング内に回転自在に配設されたロータと、

(c)このロータの端部に所定の微小間隙を介して配設されたハウジング側板と、

(d)前記ロータに形成されたベーン溝内に摺動自在に保持された複数のベーンとを備え、

(e)前記ハウジング、ハウジング側板、ロータ、およびベーンによって形成されるシリンダ室の容積変動によって気冷媒の圧縮を行う回転圧縮機において、

(f)前記ハウジング側板の前記シリンダ室側の面であって少なくとも前記シリンダ室が容積増加する位置における前記ベーン溝底部と対向する部位に背圧空間を設けて、

(g)この背圧空間内に所定圧の流体を保持し、

(h)この所定圧の流体により前記ベーンを前記ベーン溝底部より前記ハウジング側に押圧付勢し、

(i)かつ前記背圧空間を形成したハウジング側板の外方に高圧気冷媒の存在する空間をなす側部ハウジングを配設し、

(j)更に高圧気冷媒の存在する空間と前記背圧空間とを連通する連通手段を設けた回転圧縮機。

である点で一致し、

<1>圧縮機により圧縮される流体及び背圧空間内に保持される所定圧の流体が、本件特許発明では、潤滑油を含む気冷媒及び潤滑油を含む流体であるのに対して、甲第5号証に記載された発明では、気冷媒である点、

<2>高圧気冷媒の存在する空間が、本件特許発明では、高圧気冷媒通路であるのに対して、甲第5号証に記載された発明では、高圧冷媒蓄圧室である点、

<3>本件特許発明は構成要件(k)を備えているのに対して、甲第5号証に記載された発明は備えていない点で相違している。

最後に、本件特許発明と甲第6号証及び甲第7号証に記載された発明とを対比すると、甲第6号証及び甲第7号証に記載された発明の「シリンダ12」は、本件特許発明の「ハウジング」に相当する。また、甲第6号証及び甲第7号証に記載された発明は「ベーン型圧縮機」と表現されているが、本件特許発明の如く「回転圧縮機」としても表現できることは明らかである。

したがって、本件特許発明は構成要件(j)及び(k)を備えているのに対して、甲第6号証及び甲第7号証に記載された発明は備えていない点で相違し、自余の点で本件特許発明は甲第6号証及び甲第7号証に記載された発明と一致している。

(3)判断

以上のように、本件特許発明と甲各号証に記載された発明とはそれぞれ相違点を有しているので、これらの相違点について逐次検討する。

先ず、本件特許発明と甲第1号証に記載された発明との相違点において、その構成上の相違により、本件特許発明では、圧縮機が起動する前、即ち、停止している時には弁が開放しているので、圧縮機の起動と同時に開放している弁を介して高圧気冷媒通路と背圧空間とを連通してベーンの突出を妨げるベーン溝内の負圧の発生を防止することができるという作用効果を奏するのに対して、甲第1号証に記載された発明では、圧縮機の停止時には逆止弁は偏倚ばねによって閉止されており、圧縮機の起動後所定の初期開放圧力になるまでの間閉止を持続しているので、圧縮機の起動と同時に吐出室と背圧空間とを連通することができず、本件特許発明の前記作用効果を奏し得ない。

そこで、甲第1号証に記載された発明と他の甲号証に記載された発明との組合せについで検討すると、甲第1号証に記載された発明の逆止弁を甲第3号証の1に記載された発明の弁に置き換えると一応本件特許発明の構成が得られる。しかしながら、甲第1号証に記載された発明は、圧縮機の起動後所定圧に上昇した吐出冷媒の圧力をベーンの背部に直接的に作用させ、シリンダの内周面にベーンを強制的に押し付ける等の作用効果を得るために逆止弁を含むそれ自身固有の構成を有するものである。また、甲第3号証の1には、圧縮機の静止中に蓄積される潤滑油及び凝縮液を潤滑油槽に排出するために設けられる廃液導管によって圧縮機の運転中における圧縮機の効率の低下を防止することについては記載されているものの、本件特許発明の課題である圧縮機の起動時におけるベーン溝内の負圧の発生を防止するために設けられる高圧側空間と背圧空間とを連通する連通手段によって圧縮機の定常運転時の効率が低下しないようにすることについては、甲第1号証及び甲第3号証の1のいずれにも記載されていない。

そうしてみると、甲第1号証に記載された発明の逆止弁を甲第3号証の1に記載された発明の弁に置き換えて本件特許発明の構成を得ることは当業者が容易には想到し難い事項であるといわざるを得ない。

次に、本件特許発明と甲第2号証に記載された発明との相違点<1>及び<2>において、前記したように甲第2号証に記載された発明のスロットは、本件特許発明のようにベーンをベーン溝底部よりハウジング側に押圧付勢する潤滑油を含む所定圧の流体を保持する背圧空間ではなく、また、高圧側空間と連通するものでもない。

したがって、相違点<3>について検討するまでもなく、甲第2号証に記載された発明と他の甲号証に記載された発明とをどのように組合わせても本件特許発明の構成を得ることはできない。

次に、本件特許発明と甲第3号証の1に記載された発明との相違点<2>において、甲第3号証の1に、リリース溝は甲第3号証の2に記述されるものである旨記載されていることから、リリース溝がシリンダ室に対してどのように設けられているのかをみるために甲第3号証の2に記載された発明を参照すると、前記リリース溝に対応すると共に本件特許発明の背圧空間に相当するバランス溝は、複数の小室に分割区画されており、機械の高圧側と連通する背圧空間としての小室は、シリンダ室に対してロータとの最接近点を基準として回転の第一四半部に略相当する位置、即ち、シリンダ室が容積増加する途中の位置に設けられているにすぎず、シリンダ室が容積増加する位置を全てカバーするようには設けられていない。したがって、この構成では圧縮機の起動時にベーンの突出を妨げるベーン溝内の負圧の発生を防止することができるという本件特許発明の作用効果を十全に奏すことはできない。また、リリース溝に対応するバランス溝が複数の小室に分割区画されていることから、甲第3号証の1に記載された発明のリリース溝と高圧側と連通した潤滑油槽とを連通する廃液導管はどの小室とつながっているのか明らかでない。更に、甲第3号証の2に記載された発明の機械の高圧側と小室とを連通する通路は、ベーンに作用する力を一様化するためのものであって、圧縮機の定常運転時にも連通していることを前提としており、この通路に甲第3号証の1に記載された発明の差圧が所定圧以上の時、即ち、圧縮機の定常運転の時閉じる弁を設けることは考えられない。

したがって、本件特許発明と甲第3号証の1及び甲第3号証の2に記載された発明との他の相違点について検討するまでもなく、甲第3号証の1及び甲第3号証の2に記載された発明から本件特許発明を容易に想到することはできない。また、以上のことから、甲第3号証の3に記載された発明との相違点についても格別検討する必要はない。

次に、本件特許発明と甲第4号証及び甲第5号証に記載された発明との相違点<3>において、高圧気冷媒の存在する空間と背圧空間とを連通する通路に甲第3号証の1に記載された発明の構成要件(k)を適用すれば一応本件特許発明の構成要件(k)を得ることができるが、甲第4号証及び甲第5号証に記載された発明の上記通路は、いずれも高圧冷媒圧力をベーン溝底部に印可してベーンをシリンダに接触させるためのものであって、圧縮機の定常運転時にも連通していることを前提としており、この通路に甲第3号証の1に記載された発明の差圧が所定圧以上の時、即ち、圧縮機の定常運転の時閉じる弁を設けることは考えられない。

したがって、本件特許発明と甲第4号証及び甲第5号証に記載された発明との他の相違点について検討するまでもなく、甲第4号証及び甲第5号証に記載された発明に項第3号証の1に記載された発明を適用して本件特許発明を容易に想到することはできない。

最後に、甲第6号証及び甲第7号証に記載された発明は、本件特許発明の構成要件(j)及び(k)を備えておらず、他の甲号証に記載された発明との組合せの容易性について検討するまでもなく甲第6号証及び甲第7号証に記載された発明をベースにして本件特許発明の構成を得ることはできない。

したがって、本件特許発明は、甲各号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとする請求人の主張も採用できない。

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